立ち上る煙の色は
湊 笑歌(みなとしょうか)
立ち上る煙の色は
「私、死のうと思っているんだ」
僕の前に座り彼女は口癖のようにそうつぶやいた。
「一回死んでみるのも悪くないよ」
そう僕が言うと、彼女はポケットからピースライトの箱と、ドン・キホーテで買った安物のジッポライターを取り出す。
金属音と共に煙草に火がともった。薄暗い夕焼けの中君が吐いた煙が立ち上り、冬の16時半、少しまだ明るい空に消えていく。
「前まではあんなにむせていたのに、うまく吸えるようになったんだね」
「蒼生(あおい)のせいだよ、煙草もギャンブルも酒もギターも。君がハマっていたものだから始めたんだ」
彼女はうつむき煙草をひと吸いし、空を見上げながらゆっくりと、震えた吐息を出していた。にごった彼女のひとみからは今にも涙があふれそうで、未熟な僕は彼女に触れて頭をなでることすらできなかった。
「あの時、蒼生と付き合っておけばよかったのかな」
震えて今にも消えそうな声で彼女はつぶやいた。
「いや、この関係が一番良いといったのは紬(つむぎ)のほうじゃないか」
お互いあまり干渉せずに会いたいときに会い、体を求めあう。そこに本物を願ってはならなくて、遊びの延長線上にある恋愛なんて思った通りの関係にはなれない僕らは灰色のままだ。
「今じゃもうあなたに会えないっていうのに」
一週間前、僕は飲酒運転していた車に跳ねられ病院に運ばれた末、命を絶った。
しかし、おかしなこともあるもので、今こうして彼女の前に幽霊として立っている。
この世に未練なんてあっただろうか・・・。
そんなことでシラを切っても仕方がない。
きっと、僕はどうしようもないくらい彼女に惚れていたんだ。ただの友達、ただの都合のいい関係、ただの共依存。恋人でもないというのに、目の前の彼女を抱きしめられないことがこんなにも辛いなんて。
嫌、本当に辛いのは残された方なのかもしれない。きっと今も気持ちの整理がつかなくて、どうしていいのか分からないはずだ。
「私、蒼生に会いに行ってもいいかな」
そんなことを言いながらまた一本煙草に火をつける。
君に触れられたらいいのに。目の前に置いてあったピースの箱に手を置いてみる。
「蒼生」
少し震えた声で紬は僕の名前を呼んだ。自分の実体が見えていることに驚きを隠せなかったが、そんなことよりもまずは言わなければいけないことがあった。
「おいて行ってごめん」
「本当だよ、蒼生がいなくなってから私、独りぼっちなんだからね」
か細い声には色が乗っていた。どこか安心した、優しい声をしていた。
「火、貰ってもいい」
そういうと彼女は自分が吸っている煙草の火を近づけてきた。
「懐かしいでしょ、いつもうまくできなかったよね」
「任せて、僕これ出来なかったら死ぬわ」
たいして面白くもない死人ジョークをかましたところで、煙草を合わせて火をつけようとしたが、結局つかなかったのでジッポライターを借りることにした。
「どう、久しぶりの煙草は」
「本当に成仏するぐらいおいしいよ」
「成仏してないじゃん」
やっと彼女の顔に笑みがこぼれた。すると彼女はまた目に涙を浮かべ、僕に言った。
「ねぇ、蒼生。私もそっちに行っていい」
僕の答えはもう決まっていた。
「ある程度生きてからこっちに来てよ。酷なことを言っているのは分かっている、それでも君には生きてほしい。それでこっちに来たら一緒に酒でも飲もう。つまみはあの頃の後悔と君の人生の話。それで次の人生の話もしよう、次は彼氏彼女として、一緒に手を取り合って生きていこう。」
「約束だからね」
その時、手に持った煙草が地面に落ちた。
「時間みたいだ、僕はいつまででも紬を待っているよ。本当につらくなったらこっちに来てもいいから、ただしちゃんとその時は叱るからね」
「うん、じゃあまたね。蒼生、大好きだよ」
その『大好き』はいつものベッドで聞く吐息交じりの、吹けば飛ぶような好きではなくて、心からの好きだった。
「僕も大好きだよ」
その言葉は届かなかった。しかし、焦らずに彼女を気長に待つことにした。
僕らの煙の色のような関係は終わりをつげ、次第に色づいてゆく。それは赤色でも黄色でも水色でもなくて、きっと綺麗な白色をしているはずだ。
立ち上る煙の色は 湊 笑歌(みなとしょうか) @milksoda01
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