第三十四話


 だがそこはなんの変哲も無い松原通の中腹である。左右に一本ずつの電信柱が並び、昔ながらの看板建築でひっそり仏具なんかが売られているのが締め切られたガラス戸の向こうに見える。

 少しの隙間を開けて並んだ隣の住居も似た様な作りの和風の門構えであったが、こちらはもう営業していないのだろう、一階部分のガラス戸は青いカーテンで閉め切られていて目隠しになっていた。だが二階のすだれの掛かった窓の所でカッターシャツが一枚風に揺すられている様だ。どうやら人が立ち退いた訳では無く、今は単純な住居として機能しているらしい。そして向かい側にはレンガ造りの家と、自動販売機がある。そんな昭和に立ち返ったかの様な古い町並みを前にして一行は足を止めていた。


「え、ここですか? こんな所には何にも……」


 坂の上から自転車に乗った中年女性がツユ達の前を過ぎ去っていく。本当にこんな変哲も無い所に『異界のおみくじ』の入り口がここに現れると言うのだろうか?

 すると安城が口を開き始めた。


「雲外鏡で家と家の間を映し出して見て」


 ツユが言われた通りにして見ると、雲外鏡が家と家との僅かな隙間に、細い石畳の路地を映し出していたので驚いた。そして鏡から目を離してみると、やはり肉眼ではそこに道なんて見えないのである。


 左右が木板になった石畳の道の始まりは、頭上に何の文字も記されていない木看板がある門の様になっていた。左手には掲示板の様に用いられている黒板が下げられていて、そこにはツユには解読不能な、ひらがな、カタカナ、漢字、記号のごちゃごちゃに混ざった文字で記された奇怪なチラシが貼られて風化している。


 門を潜って行った先の路傍では、観葉植物が整然と植えられているのが見えた。門の向こうから光が漏れ出して来て石畳の小道を明るく照らしている。

 栗彦が誘われたという、その妙な魅力にツユもまた囚われ、門の下を潜って石畳の先へと踏み出そうとしていた刹那、耳元でメザメが言った。


『ここから先は異界。現世でも冥界でもないという事を常々忘れるな。恐怖を作り出しているのは、だ』


「自分自身……」


 意味深な言葉を、ツユは繰り返す様にしていた。

 そうして三人、門の下を抜けると。


 そこには先程まで見えていた晴れ間など無く――。

 赤いのぼりがズラリとかたわららに並ぶ、鬱々とした曇り空が広がっていた。

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