第二十二話
『馬鹿らしい。さっさと行け』
メザメの声の仲裁に一旦二人は息を整える。そうして互いにそっぽを向き合いながらツユを挟んだ形になった。犬猿の仲とはこの事だろうか、どうしたって彼等が分かり合うことは無いみたいだと、ツユは肩を落としていた。
――不意にその時、ツユは視線を感じて三徳社の祠の方へと振り返っていた。しかし確かに視線を感じた筈のそこには、稲穂を咥えた赤い前掛けの狛狐があるだけだった。
やはり先程から感じる視線というのも、メザメが言うようにツユの中に渦を巻いた恐怖が感じさせている幻影なのだろう。
「
その疑問にはメザメが答え始めた。
『狛狐の咥える物は
「稲荷様って五穀豊穣の神様だったんですね、知らなかったです!」
溌剌とした声に呆れた様な溜息を被せながらメザメは続けていく。ただし語り出す前に『何が華の漆原国立大学だ』とたっぷりの嫌味を効かせてからだったが。
『宝玉は諸説あるが稲荷大神の御霊を表し、鍵は稲荷大臣の宝蔵を開く鍵とされている。すなわち願いを叶える為の切符だ』
「切符!」
『それらは元々玉鍵信仰からの由来だ。玉と鍵は陰陽の関係にあり、また天と地を表す万物の
「また信仰、それも今度は陰陽道ですか。なんだか深い由緒があるんですね。あれ、でもさっきお塚の所にいた狛狐達って、玉と巻物を咥えた子達ばかりだった気がしましたよ? なんだか顔が怖い子達ばかりだなって、私しっかり見ていたんですもの」
『ふぅむ、時折目聡いのはなんなのだろうなキミは……その通り。伏見稲荷大社に祀られる千を越えるお塚。その内の狛狐のほとんど全ては宝玉と巻物を咥えている。だがその理由は今現在不明で、憶測の域を出ない』
階段を上り切るとそこにちょっとした夜景が見えた。ツユは美しき光の輝きに心洗われながら、さっきお塚の所で見た視線も猫のものであったか知らん、と怯えているのが少し馬鹿らしくなってきた様に思う。
「なんだか面白いですね、願いを叶える切符である鍵と、本来の願いそのものである稲穂は極端に少ないと。さっき憶測って言ってましたけど、それについて何かメザメさん的な予想があったりはするんですか?」
『そこに狐が居るのだから、直接聞いてみたらどうだ?』
その声を聞いて安城は「ノ、ノーコメントで」と動揺したまま首を振った。どうやら彼は狐としては本当に下っ端も下っ端で、同じ狐といえどその様な末端にはあらゆる理屈も原理も理解の外であるらしい。
『さぁ休憩は終わりだ、時刻を過ぎるぞ』
メザメは一行を急かし始める。
あわよくばと休憩を引き伸ばそうと試みていたツユの目論見は早々に挫かれ、尻を叩かれてまた歩み始める事となる。ここから次の分岐点の四ツ辻まではしばらく鳥居に覆われた階段が続くばかりだ。
静かなる雰囲気に飲まれでもしたのか、三人は縦一列になりながら、なんとなくひそひそと話し始める。
「話をぶり返す様ですけど、お二人はいわゆる妖怪……なんですよね」
――物の怪とも
「私、怪異とか心霊とか、その手の類の話をこれまで信じていなくて。こうして怪奇の専門家であるメザメさんの所に依頼に来といてなんなんですけど、やっぱり未だ実感が湧かないと言うか……」
モジリと指先を絡ませながら、ツユは二人の背中に呟いた。
「二人ともどう見ても、どう話してみても人間にしか思えないし。本当にそういった怪異だとかの存在と結び付かなくて」
――とても怪異なんてものを信じられなくて。
そう言葉を結んだのを見てから、口を開き始めたのは安城だった。
「ボクも、おそらくはそこの狸も、人間界へと溶け込んで長い。初めの頃こそそうでなくとも、人間世界に溶け込んでいって、それが当たり前になる」
頷くツユに安城は微笑み掛ける様にした。
「さっき狸がボクに人間的だなんだと言ったが、ボクに限らず人に長く寄り添っている怪異程、キミ達の言う世間一般と言うものに溶け込んでいるものさ。なんだったら人よりも長く現世に留まるが故に人よりも俗世的だったりする。だから頭が良くて順応性の高い怪異程わからないものなんだと思うよ、そこの狸なんかとは違ってね、ジョウロちゃん」
ツユは感心していると、メザメがツユの耳元へと語り掛けていた。
『もっともそれは、
ゾッとする様な事を言われてツユが青褪めていると、呑気な調子のフーリの声が差し込んで来て少し安堵させられた。
「妖怪とここ京都との因縁ってのは深いんだぜジョウロちゃん。あの有名な百鬼夜行の伝承が残る地でもあるんだ」
ツユがフーリへと相槌を打って感心していると、一呼吸置いてからメザメは付け加える様に話し始めた。
『京都の妖怪伝説は各所に数多く、いわゆる心霊スポットと呼ばれる場所も全国トップクラスだ。この町には妖気が渦巻いているのだ。
妙な言い回しでメザメはそう締め括る。
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