第4話 ブラックチョコレート

今日はバレンタインデー。俺は堀田さんの家に招かれた。

先日、由紀ちゃんのデート現場を目撃したから、顔を合わすのが気まずかった。

なんか、尻がむずむずするっていうか、いたたまれない感じだった。

たぶん、返事も生返事ばかりで、堀田さんも由紀ちゃんも訝しんでいたかもしれない。


腹も落ち着いて、一息ついた時堀田さんが珍しく飲みすぎたようで、

「おう、ちょっと今日は飲みすぎたかな。俺、もう寝るわ。岸、まぁゆっくりしていけ。」といった。

「え?お父さん。大丈夫なの?一人で部屋いける?」

「あぁ、大丈夫だから。お前は岸の相手してやれ。」

「まったくもう。そんなに若くないんだから、無理しないでよ。」

「お、おやすみ。」

そういって、堀田さんは自室に入ってしまった。


「ごめんなさい。岸さん。じゃ、ちょっと片付けて、コーヒー淹れるね。」

由紀ちゃんが食卓の上の物を片付け始めたので、俺も席を立って一緒に片づけることにした。

「岸さん、座ってていいよ。私やるから。」

「いや、二人のほうが早いし…。」

そういって、二人で片づけを始めた。


シンクで二人並んで食器を洗っているとき、

「由紀ちゃん、そういえばこの前、表参道で見かけたんだけど。おしゃれして、待ち合わせをしてたよね?」

俺は思い切って聞いてみた。

「え!あ、見られてた?そう、北山さんって岸さんも知ってるよね。岸さんの前の前、かな?のお父さんの相棒。その人と待ち合わせしてたの。」

「やっぱり、デートだったんだ。」

「デート?え?違う違う。久しぶりに北山さんが食事に行こうって誘ってくれたんだけど、それって彼女さんを私に紹介したかったんだって。だから、三人でしお食事したのよ。」

「え!!俺てっきりデートだと思ってた。」

「まぁ、確かに私も高校生の時は北山さんに憧れたことあるけど、向うは私の事を年の離れた妹ぐらいにとしか思ってなかったし、全然、相手にもしてくれなかったな。」

「え、そうなんだ。デートじゃなかったんだ。良かった。」

「何よ。良かったって何よ。岸さん、今日変よ。」

「あ、いや。まぁ。えへへ。ごめんごめん。」

俺はにやつく顔を隠しきれないでいた。


「この食器、ここに片づけるんでいいかな。」

「あ、ありがとう。うん、そこでいいよ。」

会話をしながら、食事の後片付けをしていると、ふと

「…なんか、夫婦みたいだな。」

俺の心の中の声が漏れてしまった。

「…え?岸さん、いまなんて?」

「あ、いや、、、なんでもない。何でもない。あはは。」

たぶん、今の俺の顔は真っ赤で、デレデレした締まりのない表情をしているんだろうな。


少し空気が気まずくなったのを察知したのか、由紀ちゃんが、

「あ、コーヒー淹れるね。岸さん、座ってて。」

といった。

「あ、はい。」

そういって、俺は食卓に腰かけて、由紀ちゃんを待った。


コーヒーを淹れて戻ってきた由紀ちゃんが、俺の前にコーヒーを置いて、それと一緒に細長い箱を置いていった。

「これ、バレンタインデーのプレゼント。いつもお世話になっているから、そのお礼も兼ねて。よかったら、開けてみて。気に入ってくれたらうれしいんだけど。」

「え、うれしい。なんだろ。」

その包みを開けると、細長い紙の箱に入った茶色の質のいい革の手袋だった。

「あ、手袋じゃん。現場行く時寒くてさ、手袋ほしかったんだよね。ありがとう。」

「よかった。気に入ってもらえて。長い間使ってもらえそうなものを選んでよかったな。できたら、いつもそばにおいてあげてね。」

「うん、ありがとう。大事にするよ。」

俺はなんて幸せ者だ。由紀ちゃんからこんな心のこもったプレゼントをもらえるなんて。俺は有頂天になって、ニヤニヤしながらコーヒーと由紀ちゃんが出してくれたチョコレートを食べた。


でも、結局その後、他愛もない話をして、俺は帰宅をした。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「なー迅。最近の岸くん、またちょっと気持ち悪いんだけど。ずっとあの革の手袋見てさ、ニヤニヤしてんの。」

今日も岸くんはKINGで飲んでいる。日本の警察が暇ということは日本が平和ということで、とてもいいことだ。

「ん?あの革の手袋、由紀ちゃんのバレンタインのプレゼントだよ。なに?告白したの?岸くん。」

「いや、まだじゃないの?でも今日はずっとあの調子。」


「きっさん、なんか嬉しそうですけど、なんかいいことあったんですか?」

僕はカウンターの向こうに座っている岸くんに声をかけた。

「え?いや、わかる?わかっちゃいます?」

そういって、僕の横に移動してきた岸くんが、手袋を見せながら、

「いいだろーこれ。由紀ちゃんにプレゼントしてもらたんだ。」

と、子供のように自慢してきた。

いや、知ってるし。由紀さんと僕で選んだんだし。と思ったが、それは黙っておくことにしよう。

「由紀ちゃんがさ、いつも手袋をそばにおいてね。って言ってくれたんだよ。それってさ、俺のそばにいないときも私を感じてね、ってことなんじゃないかなって思ってさ。これって俺に気があるってことなんじゃないのって思ってるわけ。」

「へぇ、それでニヤニヤしてたんだ。で、告白したわけ?」

と僕が聞くと、

「…まだ。」

途端に岸くんがシュンとなってしまった。

「由紀さん、その時に告白してほしかったんじゃないの?ほんとは。」

紫音が畳みかけるように言った。

「そうだよな、あの時告白しとけばよかったな。よし、今度こそ本当に由紀ちゃんに告白する。きちんと想いを伝える。」

岸くんはこぶしを握り締めて宣言した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る