第3話

 それが起きたのは、リヴェラたちがアカデミーの卒業を一年後に控えた頃だった。

 最初に起きたのは議会に登用されている民の家族の失踪。続いてそれら議員たちの突然の議会への参加拒否、それを理由にした貴族たちからの民の弾圧が始まった。国内では弾圧を始めた貴族たちへの批判が膨らんでいく。民たちの暴動がいつ起きてもおかしくない状態であった。

 そんな中、最初の失踪事件から二週間が過ぎようとしていたが、ヴィクトル王はすぐには動かなかった。


 その頃、知らせを受けてアカデミーを出ていたリヴェラとウラノス、そしてセラスとサラーサはメディウムの北西に位置する精霊の森を抜けようとしていた。アカデミーのあるサルトスからメディウムまで、最短のルートはサンクティオを抜けて真っ直ぐ東へ向かうものだ。しかし、それはジュリアンたちに狙ってくれと言っているようなものだ。だから、少し大回りにはなるが、精霊たちが認めない者は惑わされるというその森を通ればサンクティオからのルートよりも危険は少ない。


「君たちはアカデミーで待っていたも良かったのに」


「あら、これでもかと王太子の権限をもって剣を振るうウラノスを未来の妻としては見に行かない訳にはいかないわ」


「サラーサ、君はただ面白がっているだけだろう。これは危険も伴うんだ。そんな呑気なことを……」


「だからよ。あなたがリヴェラ様を守って前に出るというなら、その隣に在るのは私以外にあり得ないわ」


「すまない。私がもう少し剣術の才能があれば良かったんだが」


 リヴェラは自分が凡庸であることを理解していた。王になる定めを持っている以外、多少は人より秀でるところがあっても、能力を持つ公爵家の子供たちと同等かそれ以下だ。幼い頃はそれを必死で隠そうと虚勢を張っていたが、公爵家の子供たちと接していくうちに、ふと馬鹿らしくなってしまった事がある。それ以来、不思議と良く見せようとは思わなくなったのだ。


「リヴェラ様、私はあなたが優秀過ぎなくて良かったわ。だってそうでしょう? あなたが足りないなら私たちが補えばいい。主の役に立てる。それ以上に臣下の喜びはなくてよ。それに……ちょっと足りないくらいが可愛らしくて、私は好きですわ」


 馬上で、腕の中から見上げるセラスの瞳は柔らかかった。


「そうだね。だた……君に可愛らしいって言われるのは、ちょっと嫌だ」


 くすくすと腕の中で肩を震わせるセラスに、リヴェラがため息を吐いた時、前をいくウラノスとサラーサが馬の歩みを緩めた。


「森を抜ける。このまま王宮へ?」


「いや、神殿から市街地へ出る。セラスはそこで待ってて」


 こくりと頷いたセラスを抱く腕に力を込めたリヴェラは、真っ直ぐに前を見据えて森を駆け抜けた。

 神殿には予め保護した議員の家族たちと、弾圧から逃れてきた民たちが身を寄せている。秘密裏に王宮を抜けてきた王妃と戦えない王宮付きの職員たちもそこにいるはずだ。


 神殿にセラスを送り届けた三人は、そのまま市街地の商業区へと降りる。そこには、既にヴィクトル王の命を受けた軍が彼らの到着を待っていた。リヴェラたちが到着する前に、街に残っていた住民たちは避難させられている。一方、ヴィクトル王は王宮にて騎士団を率いる。合図は、市街地中央広場の時計台が真昼を告げる鐘の音。

 予め打ち合わされた作戦はこうだ。鐘の合図と共に静観していた国王側が反撃へと転じる。王宮を占拠しようとする貴族たちを率いるジュリアンは、ヴィクトル王率いる騎士団で制圧。市街地にて民を弾圧しているジルベールと反乱側貴族たちの騎士団には、リヴェラ率いるメディウム軍が対応に当たる。こちらは、ジルベールは生け捕りの命令が出ているが、その他について王太子に剣を向けるならば貴族といえども粛清される。


 勝利を確信したように中央広場に陣取り騒ぐジルベールたち。周囲の店や家は戸を閉め、息を潜めるように静かだ。そこへ、真昼を告げる鐘が鳴った。


「我が民を苦しめるものは何人たりとも許すことは出来ぬ。王太子リヴェラの名の下、逆賊どもを粛清せよ!」


 鐘と共に響いたリヴェラの声に、ウラノスとサラーサ、そして既に軍に所属していたルキウスが先陣を切って飛び出していった。

 反旗を翻した家門から寄せ集められた騎士団の団結力は低く、我先にと手柄を立てようと足を引っ張り合っている陣形を崩すのは容易い。サラーサの放つ雷に怯んだ隙をウラノスとルキウスが見逃すことはなく、兵たちの手により次々と倒れる騎士たちの中心で、ジルベールは唖然と立ち尽くしていた。

 ルキウスに拘束され、膝を付いてリヴェラを見上げたジルベールの瞳は燃えるような憎悪を浮かべていた。しかし、リヴェラはそれを真っ直ぐに受け止めた。


「逆賊となったお前を、もう兄とは呼ばぬ。選べ、民を虐げた罪をその命を以って償うか、二度と陽の光を浴びる事無く生を終えるか」


「誰が、貴様の手になどかかるか!」


「最後までみっともなく命を繋げるとは……。連れていけ」


 時を同じくして王宮ではジュリアンがヴィクトル王の手で打ち取られ、逆徒となった貴族たちは投降した。その多くは侯爵家の者たちで、ジルベールが王位に付けば、自分たちが四大公爵家にとって代わるのだと夢を見た。しかし、結果として家門を取り潰されることになり、七つあった侯爵家は、それ以後三つとなった。

 リヴェラの手にかかることを拒んだジルベールは、自身の屋敷に幽閉されその門は固く閉ざされていたが、数日後、毒により命を落とした。その毒が本人の意志によるものか、外部により齎されたのかは、公にされることはなかった。


 中央広場が血に染まったその日から二度の季節が巡った後、春の女神の祝福がメディウムに降り注ぐ時期を迎えると、リヴェラとセラスの婚約が発表された。

 海を臨む暁の神殿で執り行われた婚約式、リヴェラに手を取られたセラスが、何かに呼ばれた気がして視線を海へと移すと、揺れる水面の中に暁の神子の象徴とされる藍色の瞳を持つ子を見た。ゆっくりと瞬かれたその瞳は、確かにセラスを真っ直ぐに捉える。視線が交わったと思ったその時、祭壇に立つ二人へ光が降り注いだ。


「殿下、私たちは見届けなければなりません。この国の行く未来を、子らが紡ぐ運命を……」


 神殿には王宮から運ばれた色とりどりの花が飾られ、王宮の庭園とも劣らない美しさであった。しかし、その場に立つ人々の口から語られるのは花ではなく、王太子の隣に立つセラスの美しさばかりだったという。



 そう、これは序章。

 何時か私の子らが紡ぐ物語のための布石。

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遠くの景色と藍の面影 沙霧紫苑 @sagiri_sion

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