第2話 脳筋勇者×一途聖女「どうかお幸せに」
聖女が泉に落ちると、輝きとともに泉の精が浮き上がった。
泉の精の前には、ずらりと同じ顔で同じ服を着た五人の聖女が並んでいるが、ガチムチ勇者は左端の聖女から目を離せないでいた。
彼女だけ、同じ服が引きちぎれそうなくらいの立派な筋肉がチラ見えしているのだ。
もはやガチムチ勇者は左端の筋肉聖女しか目に入らなくなっていた。
「すまん、聖女よ。俺はこの人と世界を救う!」
ガチムチ勇者は今まで共に旅をしてきた聖女に深く頭を下げると、筋肉聖女の手を取りかき消えた。
一瞬後に他の聖女候補たちも消え、【選択の泉】には元の聖女と泉の精だけが残った。
【選択の泉】は、異世界を
王族、勇者、聖女など立場的にパートナーを変更しにくいはずなのに、あまりにも多い婚約破棄に心を痛めた神々が作ったシステムだ。
希望すれば候補者が集められ、選択者が選択した相手の世界に行くことになり、空いた隙間に別の人間を
選んだ相手が元と違っていても、元からその人間だったことになるよう神々からフォローされているので、誰を選んでも記憶的にも遺伝子的にも問題はない。
ただ、本人達の記憶は残る。
元の聖女は、今も勇者が消えたあたりを切なそうに見つめていた。
「貴女たちは仲が良いようでしたが、これでよろしかったのですか?」
泉の精は残された元の聖女に声をかけた。
「確かに、私は勇者様を心からお慕いしていました。でも私一人の力では、周囲の不満を抑えることがどうしてもできなかったのです」
この世界は、勇者と聖女の二人で世界にかけられた仕掛けを解いていく仕組みだった。
だが、力ある勇者は「解くのは面倒だ」とゴリ押しで進むため、勇者が通った後には壊れた仕掛けが残り、「今代はともかく次代はどうするのだ!」と各国から不満の声が高まっていた。
聖女は全力でフォローしてきたがもう限界だった。このまま進めば勇者は殺されていただろう。
いや、べらぼうに強い勇者だったから、勇者対国々で戦争のような状態になったはずだ。
たとえ勇者が勝ったとしても国々は疲弊するだろうし、勇者も無傷というわけにはいかないだろう。
だから聖女は【選択の泉】を頼ったのだ。
「あの聖女様がおられる世界なら、きっと勇者様も活躍できますよね?」
「それは保証します」
泉の精は候補者や希望者を募る仕事上、筋肉聖女が暮らす異世界のことも知っている。
あそこは聖女すら筋肉がいるくらい、『力こそ正義』の異世界だ。
「ふふ。良かった」
残された聖女は聖母の微笑みを浮かべた。
「勇者候補はこちらに用意しておりますが、すぐに選ばれますか?」
「少しだけ時間をいただけたら嬉しいです」
「では、準備が整い次第、お呼びくださいね」
泉のほとりで一人きりになった聖女は、勇者との思い出に、ひとしきり涙をこぼした。
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