3・幕間 白い教師の不機嫌

(ゲインズブールの、一学期始業式の日のお話です)


 始業式を終え、一旦職員室に戻り出席簿を手にする。

 今日から受け持ちクラスは二年に進級だ。だからといって、変化はない。さっさとやることを終えてマリアンナの指導を始めよう。かなり癒し魔法が上達している。このぶんなら予定より早く、上が認めるレベルの高位魔法が使えるようになるはずだ。それさえクリアできれば、俺の教授昇進は認可される。



 職員室を出てクラスへ向かおうとして、足を止めた。

 少し先をキンバリーと俺の弟が並んで歩いている。弟の手には紙袋。あいつは始業式恒例の挨拶に来たに違いない。やめろと何度言っても、必ず来る。今日も来るだろうとは思っていたが、やけに早い。


 キンバリーが、同様のことを言っているのが聞こえた。弟に笑顔を向けている。そして医務室の鍵を開けて二人で入り、扉は閉まった。


 挨拶なら、入り口で菓子を渡してさっさと帰れ。


 二人の消えた扉を睨み付けて通りすぎ、教室へ向かう。


 弟には恋人がいる。キンバリーへの下心はない。あいつは純粋に、彼女が俺の面倒を見ていることに、礼をつくしているだけだ。それは分かっているが、腹が立つ。


 キンバリーは俺には決して見せない笑顔を弟には向ける。それに、ヴィットーリオのせいで出入りするようになった、あの腐れ騎士にも。

 付き合っているのは俺なのに。


 教室へ入る。シュタイン家の双子、二人の王族、マリアンナ。こいつらが確認できれば後はいい。このクラスにはサボるような気概のあるヤツはいない。

 必要な事だけを伝えると入ったばかりの教室を出て、足早に医務室に向かう。


 キンバリーが俺に笑顔を向けていたのは、一年にも満たない。この学園に入学したその年の、僅かな間だけ。


 典型的なヴァイスの外見をしているのに魔力が弱い俺は、あまり良い生徒ではなかった。魔法の授業をサボるのは日常茶飯事。そんな俺の補習を押し付けられたのが、まだ着任二年目で、しかも女のキンバリーだった。


 彼女が最初に言った言葉をまだ覚えている。

「魔力が弱くたって、男ってだけで勝ち組だから」

 唖然とした俺に彼女は畳み掛けた。

「私を見てみなよ。強力な魔力を持っていたって女ってだけで、親の力がないと職にありつけないし、子供を産めないから結婚もできないんだよ。しかも問題児の補習を押し付けられるんだから、まいるよね」


 ……反論しようとしたが、何も思い付かなかった。

 女教師なんて馬鹿にしてやろうと考えていた矢先に受けた、先制攻撃だった。


 かといって急に態度を改めることはなかった俺だが、補習はおとなしく受けることにした。

 彼女は一風変わった性格をしていたが、思考も独特だった。他人の魔力がわかる俺の特殊な能力を、他人の魔力を伸ばすことに活かせると考えたのは彼女だ。そんなことに全く興味のなかった俺は、聞き流したけれど。


 キンバリーは男子生徒には人気があった。変わり者だが美人だったからだ。

 だから当時、医務室は病人・怪我人以外の立ち入りは学園側から禁止されていて、俺もゆっくり話ができるのは、補習時間だけだった。


 一年生の終わりが近づき、最後の補習の回のこと。二年に上がればもう補習はないと、彼女から伝えられた。授業をさぼった分は夏休み中の登校になるという。

 だから俺は。

 好きだと伝えた。


 そしてその日が、俺に笑顔を向けてくれた最後の日となった。


 進級してから俺の唯一の武器である特殊な能力を、他人の魔力を伸ばすことに活かすため、必死になった。興味のなかった魔法について研究し、友人知人見知らぬ生徒までをも巻き込み実験台にした。


 家柄も年齢も魔力も全て俺が下ならば、せめて彼女が提案したもので秀でてみせようと躍起になったのだ。


 あのときに何故振られたのか、今でもわからない。当初は学生だからかと思っていたが、気づいたときには彼女はあの腐れ騎士と付き合っていた。


 紆余曲折を経て、彼女は俺と一応、交際してはいる。だがあの日以来笑顔を見せないし、恋人同士の甘さなんて微塵もない。もう六年も一緒にいるのに。


 ノックをせずに医務室の扉を開ける。驚いた二人がこちらを見た。まったりと茶なんか飲んでいやがる。眉間に皺が寄るのが自分でもわかった。


「キンバリー、来い。特別指導の準備を手伝え」

「……ホームルームはどうしたの?」

「終わった!」


 ズカズカと中に入り、早くない?と言う彼女の手首をつかむ。

 こいつは俺のだ。


「じゃあナターシャ、今学期も兄貴をよろしく頼む」

 と弟が言う。だから名前を呼ぶなと何度言えばわかるんだ、こいつは。馴れ馴れしい。

 一瞥をくれて部屋を出る。

「カッツ、待って、鍵!」

 と、引っぱられているキンバリーが慌てる。

「お前はさっさと帰れ!」弟に怒鳴る。


 弟は、ハイハイと言いながらのんびりと腰を上げて部屋を出てきた。

 キンバリーはポケットから鍵を取り出し施錠して不在の札をかける。

 弟は、

「兄貴もほどほどにな」

 言って帰っていった。


 これでも十分押さえている。こいつがいつまでも冷たい態度だから悪いんだ。



 俺だって本当は――。

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