3・幕間 王子の大笑

(アルのお話です)


 ヴィアンカとウォルフガングと別れて、一足先に教室へ向かう。


 ミリアムとレティは、キンバリー先生とゲインズブールについてあれこれ楽しそうに話している。ジョーは、やっぱり付き合っている噂は本当だったんじゃないかと、不満げだ。


「ひとつ聞きたいんだけど」

 と、声をあげたのはマリアンナ。少し前までは大嫌いだったけれど、今はそこまでじゃない。一応、恩人ではあるし。だから、なにを?と促してやった。


「ジョシュアとレティシアってかなり前から婚約してるんでしょ? めちゃくちゃラブラブなのに、なんで好きって言ってなかったの?」

 もっともな質問だ。僕も知りたい。

 レティは顔を真っ赤にし、ジョーはレティを見ながら首をかしげている。いやいや、僕が首をひねりたいぞ。


「……友達を助けようと思って婚約したから、か?」とジョー。

 なんだそれは。意味がわからない。さすがジョーだ。

 だいたいずいぶん前から、お前にとってレティは友達じゃなかっただろうに。相変わらず脳みその作りがおかしい。


「ていうか、今気づいたけど」とジョー。「俺、レティに好きって言われたことがない」

 ますます赤くなるレティ。ミリアムは、あら、との声をこぼしている。

「なんだ、お互い様なんだ」とマリアンナ。

「レティ、俺を好き?」

 と尋ねるジョーは不安そうだ。アンディを間抜けだと思っていたが、こいつも間抜けなのをすっかり忘れていた。レティはずっと昔からお前を大好きだったじゃないか。


 レティは背伸びをして、可愛らしくジョーの耳元に口を寄せ手で覆い、何事かを囁いた。そして。走り去った。ミリアムが慌てて追いかけていく。


「やったぜ!」と子供のように破顔するジョー。「俺のことが大好きだってさ!」

「……よかったよ。ようやくお前が普通っぽくなって」と僕。

「どういう意味だよ」とジョー。

 なんで一番乗りで婚約をしておいて、想いを伝えあうのが一番最後なんだよ。何年かかっているんだ。


「こっちもヴィアンカ並みにバカだったのね」と呆れ顔のマリアンナ。「ああやだやだ。なんでこんな人たちは上手くいって、わたしには彼氏が出来ないんだろう」


 ジョーと僕は顔を見合わせたけれど、何も口に出さなかった。

 彼女の仕出かしたこと許せるわけではないけれど。あの日逃げることをせずにヴィアンカとアンディを、そして僕たちをも助けてくれたんだ。彼女自身変わったみたいだし、きっといつかはなにかしら良いことがあるだろう。


 なんとはなしに、そのまま三人で歩く。そして教室のある廊下へ出ると――。先に行ったミリアムとレティが教室に入らずに、揃って首をかしげて立っていた。

 二人の視線の先にはバレンとキース。こちらの二人は二組の前の壁際に、しかめっ面をして並んで立っている。いや、これは、立たされているんだ。バレンなんて王子なのに!


「どうしたんだ?」

 近寄って声を潜めて尋ねる。

「クラス委員のくせに、ホームルームをサボったと叱られたんだ!」とバレン。

「僕なんて完全にとばっちり!」とキース。「連帯責任だって。バレンを探しに行ったのに!」


「普段の行いが悪すぎるからだろ」とジョー。「二組のクラス委員は委員失格だって有名じゃないか」

「どこでだよっ!」と噛みつくキース。

 僕もはじめて聞いた。ジョーはいつもいつも、どこから情報を仕入れて来ているんだ?


 三組がざわつき始めた。ホームルームが終わったようだ。


「まずい!」とキース。

「ディアナが出てくる!」とバレン。

「じゃあ僕たちは教室へ戻るよ」と僕。

「おい待て!」と焦るバレン。「さりげなくいろよ。立ち話してる風にしろ!」

「えー、俺たちも戻って通知表をもらわないといけないから、ムリだよな」と笑っているジョー。


 振り返るといつの間にか、ミリアムもレティもマリアンナもいない。呆れて教室に入ったのだろう。


 そういえば。いつだったか絶対こいつに仕返しをして、焦らせてやろうと思ったときがあったな。だけどもう、原因がなんだったかは思い出せない。結局は、それほどたいしたことではなかったのだろう。


「……わかった、いるよ」

「さすが王子!」と僕の言葉に喜ぶキース。

「俺も王子だぞ」とバレン。

「廊下に立たされているけどな」とジョー。


 三組の扉が開いてわらわらと生徒が出てきた。僕たちはいかにも話していますと装う。


 やがてディアナが出てきた。目敏くバレンを見つけたようだ。僕は彼女を手招きした。ヴィアンカ絡みで顔は知っているけれど、話したことはほとんどない。ディアナは戸惑い顔でやってきた。


「申し訳ないけど、頼まれてくれないかな」

 キラッキラの王子様スマイルを向ける。彼女は動じずにはいとうなずいた。

「僕たちは通知表をもらいにクラスに帰らないといけない」

「おい、アルベール!」バレンが焦った声を出す。

「君はここでバレンたちとおしゃべりをしている風にしてあげてほしい」

「アルベール!」

「立たされているのが恥ずかしいみたいなんだ。頼むね」

 彼女の顔がみるみる険しくなっていく。

 僕とジョーはさっさとその場を後にした。


「今度はなにをしたのよ、バレン! キース!」


 背後から可愛い怒り声が聞こえてきた。

「『今度は』だって」とジョー。

「そんなにあいつらは、やらかしているのか」

 僕たちは笑いながら、自分たちの教室に逃げ込んだ。




――◇おまけ◇――


『幕間・赤毛と放課後の学校』のときのバレンとキース

(バレンのお話です)


「お、本当だね。よく見える」

 とキースが言う。どれどれとその隣に割り込むと、俺に押されたクラスメイトが、

「ペソアの王子がこんなことしていていいのか」

 と、笑いながら小突いてきた。

「無礼者め」

 と、やり返して窓の外を見る。


 ここは講堂に僅かにある二階席用ロビー。シュシュノンの重鎮が来た時用の場所らしく、立ち入り禁止区域だ。だけれどここから向かいの校舎がよく見える。


 二年の、何組だかは知らないが、文化祭でバレエの白鳥の湖にセリフをつけて劇にアレンジして上演するクラスがある。それがここから丸見えだというので、クラスの男たちがこぞってやってきたのだ。


 何しろ元がバレエだからなのか。それとも普段の鬱憤払しなのか。白鳥をやる女子たちの衣装が、上は体の線がはっきりわかり、下は丈こそは膝下まであるけれど薄いチュールを何枚も重ねただけの見えそうで見えないだけど見えそう、という素晴らしいものなのだ。女性の足なんて、普通は見る機会なんてないというのに。


 見学に来ない理由がないではないか。


 あの女子が……、とか、いやこっちの女子が……なんて楽しく盛り上がる。


「何しているの?」


 掛けられた声に振り返ると、険しい顔のディアナと苦笑いをしているティントレットが立っていた。

「外から丸見えよ!」

 クラスの男子たちはたちまち蜘蛛の子を散らしたように逃げ出した。


「バレン!キース!」


 一緒に逃げ出そうとしたが、ディアナの鋭い声に思わず足を止めた。

 あっという間にクラス委員の四人だけになる。


「クラス委員が一緒になって何をやっているのよ!」


 俺とキースは顔を合わせた。

「そりゃ委員はクラスの親睦をはかるものだろ?」

 俺の言葉にティントレットは吹き出したけど、ディアナはますます恐ろしい顔になった。

 俺とキースは再び顔を見合わせると。瞬きひとつで意志疎通完了。


 ディアナに背を向けて脱兎のごとく逃げ出した。


「王子の辞書に『逃走』ってあるの!?」

 と、キースが走りながら叫ぶ。

「俺の辞書に載っていない言葉なんてない!」

 と、叫び返す。


 背後からディアナの怒る声とティントレットの笑い声が聞こえてきた。

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