3・2 衝撃の宣言
生徒はみんな同じことを考えたようで、講堂の空気が緩む中、ゲインズブールが颯爽と登壇した。
「夏期休暇中の注意。悪事をするな。以上」
さすがだ。潔い。
だけれどゲインズブールはそのまま続けた。
「俺は教授に昇進した」
え? 自慢?
思わず隣に立つウォルフと顔を見合わせる。
「これを機にキンバリーと結婚する。今後一切、彼女をクリスマス会、フェヴリエのダンスその他に誘うな。誘ったヤツは留年させる。彼女はこれまでもこれからも俺のだ」
颯爽と降壇するゲインズブール。
しばらくの静寂のあと。
爆発的に叫び声があがり、講堂は騒然となった。
教師席を見ると真っ赤な顔をしたキンバリー先生が、周りの教師に言い訳でもしているのか、しきりに首と手を横に振っている。
「まじか……」
同じく教師席を見ながら、ウォルフが呆然と呟く。
「うん。アンディが言ってた」
しまった。アンディの名前を出しちゃった。まあ今は仕方ないか。
ウォルフは振り向いて目をぱちくりさせる。
「こっそり長く付き合っているんだって」
こっそり?と聞き返される。
「なんでだろうね」
と、わたしは誤魔化した。
先生は子供を産めないことに引け目を感じていて、そんな状態だったらしい。いつでもゲインズブールが他の女性に乗り換えられるようにって。先生ってば、いじらしい。
その他にもいろいろあって、あの二人はこじらせているんだとアンディは言っていた。だから復縁は絶対にないと言っただろう、とも。
これがあの時にアンディが言っていた、先生の『秘密』。当人たち以外だと、アンディとゲインズブールの弟しか知らないのだって。
わたしはそれを聞いてほっとしてしまった。我ながらイヤな子だなあと思ったけど、しょうがないよね。キンバリー先生は美人なんだもん。大人だし。
講堂は騒ぎが収まらず、式の途中だったけれど解散となった。
ミリアムとレティとキンバリー先生を探したけれど見つからず、医務室へ行ってみた。
不在の札がかかっているけれど、扉がちゃんと閉まっていなくて、隙間から先生の怒った声が聞こえる。
わたしたちは、そっと扉を押してみた。
中には先生とゲインズブール。
ゲインズブールがここにいるなら、教室に戻らなくても大丈夫だね。わたしたちは顔を見合わせてうなずく。
「ほんとにほんとに、何を考えているんだ! 撤回して!」
と真っ赤な顔で怒っているキンバリー先生。
「誰がするか!」と答えるゲインズブールは鬼の形相だ。
なんで? 恋人に見せる表情じゃないよね。
「どうしてあんなことを言うわけ!? おかしいんじゃないの!」
「うるさい! ああでもしないとお前は逃げ続けるだろうが!」
「当たり前じゃない! なんで私がカッツなんかと結婚しないといけないんだ!」
あれ? ゲインズブールは先生の結婚の承諾すらなしに、あんな宣言をしちゃったの? わたしたちは顔を見合わせた。
「いい加減あきらめろ! 俺を選べ!」
「嫌だ!」
先生は口を固く結び俯いてる。
一方でゲインズブールは、恐ろしい顔で恋人であるはずの先生を睨んでいる。
えーと。どうなっているんだろう。声をかけづらい。二人とも扉前に立つわたしたちにまったく気づいていない。
「せんせー」と小声で声をかけてみる。
「ヴィーちゃん!」
「お前たちなにをしている。さっさと教室へ行け!」と怒鳴る担任。
「先生、助けが必要? 大丈夫?」とわたし。
「無理やりあんな宣言をしたのなら、ひどすぎるわ!」とミリアム。
「そうよ。ジョーだってもう少しロマンチックだったわ!」とレティ。
ん? ノロケかな?
「でもゲインズブールはむちゃくちゃキンバリーが好きなんだよね。わたしもこの前まで気づかなかったけどさ」
その声に振り返るとマリアンナがいた。
「なんでいるの?」とわたし。
「そりゃ特別指導を受けてたもん。うまくいくのか気になるじゃない」
そう言うマリアンナの後ろにはアル、ジョー、ウォルフ、バレンと勢揃いしている。みんなマリアンナの言葉にうなずいている。
って、担任がここにいるわたしたちはいいけど、バレンはまずくないのかな?
「ゲインズブール、ちゃんと好きってキンバリーに伝えたの?」とマリアンナ。なんだか貫禄があるぞ。
ゲインズブールは口をへの字にして答えない。
これは言ってないな。
「それは最低だ」とアル。
「そうだな。求婚するなら段階を踏むべきだ」とバレン。
「あれ。俺も言ってない気がする」とジョー。
え? ジョー!? 今、なんて言った?
レティが真っ赤な顔になった。
「レティ! 大好きだ!」とジョー。
今? このタイミングで?
「お前はとことんおかしい」と呆れ顔のウォルフ。
「お前ら、さっさと教室へ行け! 邪魔をするな!」怒鳴るゲインズブール。
「あらでも、キンバリー先生が困っているなら、助けなきゃいけないわ」とミリアム。
「なし崩し的に結婚させられたら可哀想だわ」とレティ。
「怒鳴ってばかりいないで、ちゃんとプロポーズしたら?」とわたし。
「兄貴は偏屈だからな。お互いだいぶこじらせているしさ」
また新しい人が来たよ。
振り返ると、思ったとおり、ゲインズブールの弟がいる。手には菓子折らしきものがある。恒例の挨拶、ではないよね。あれは始業式のはずだ。
「ナターシャ。そろそろ兄貴を貰ってくれないかなあ」と弟。
「馴れ馴れしく名前を呼ぶな!」とゲインズブール。
「兄貴は求婚したくて必死に教授職を狙っていたんだよ」と弟。
「お前は余計なことを言うな!」とゲインズブール。
だけれど弟は意に介さない。
「ナターシャより年も家柄も魔力も教職の位も下なのを、ものすごく気にしていたらしくてさ」と弟。
「……待て」ゲインズブールの顔が鬼から普通に戻る。「なんでお前がそんなことを知ってる」
「アンディから聞いてた」と弟。
再びゲインズブールは鬼になった。
「あの腐れ騎士、いつの間に読みやがった!」
……ひどい言い様だなあ。ここにその腐れ騎士の恋人がいますよーと言ってやりたい。
「ようやくなんだよ。折れてやってよ」と弟。
キンバリー先生は泣きそうな顔だ。
わたしは駆け寄って先生の手を握りしめた。
「……子供を産めないんだよ。子爵が許すはずがない」
聞き取れないほどの声。
「だから教授職をとったんだろうが」とゲインズブール。「給料も待遇も違う。家を出てもやっていける」
「爵位は継がないのか」とアルが呟いた。
ゲインズブールはそのために、あんなに必死にマリアンナを指導していたの? マリアンナはいい迷惑だっただろうけど。なんだ。見直すな。
ゲインズブールは息をついた。普通の顔をしている。
「頼む。結婚してくれ。俺の気持ちは、最初に告白したときから何も変わっていない」
おお、ちゃんとしたプロポーズだ!
先生がんばって、との気持ちを握りしめた手に込める。ミリアムとレティもなぜか胸の前でこぶしを握っている。きっと応援しているんだ。
「せっかくだけど兄貴」と弟。
え? なぜここで入る! 今はキンバリー先生のターンだよね!?
「俺は爵位なんて継がないよ。婿入りを約束してるから」
なんですと、弟! ぶち壊しじゃない。
「一度ちゃんと両親と話しな。多分、問題ないよ」
「……え?」
瞬く先生とゲインズブール。
「だってナターシャはずっと、兄貴の面倒を見てくれていたじゃないか。こんな偏屈な兄貴を相手できるのはナターシャしかいないって、さすがに両親もわかってるよ」
じゃあこれ、と兄はなぜか菓子折をそばにいたウォルフに差し出し、ウォルフも思わずといった感じで受け取った。
「よかったよ、タイミングがよくて。俺は秋に結婚するから、いい加減兄貴と結婚してくれって頼みにきたんだ。彼女の父親が、兄貴がこんななのに本当に婿入りできるのかって心配しているんだよ。それじゃ、ナターシャ、兄貴をよろしくな。頼むから俺より先に結婚してくれよ」
颯爽と去る弟。
……やっぱり兄弟なんだ。まだキンバリー先生は承諾してないのに、自分が言いたいことだけ言って帰ってしまった。
「あ! バレン見つけた!」
今度は誰だと思ったら、駆けて来たのはキースだった。
「こんなところで何してるのさ! クラス委員がサボっているって先生が怒ってるよ!」
「まずい!」
青ざめるバレン。
あれ。デジャブかな。前にもこのやり取りを聞いたような。
「仕方ない、俺は戻る。キンバリー、健闘を祈る!」
バタバタと駆けて行く二人。
静寂が訪れる。
「……ヴィーちゃん」
「なに? 先生」
「ありがと。落ち着いて話してみるよ」
先生の表情も冷静さを取り戻している。ちょっとだけ、恥ずかしそうなところが、かわいらしい。
わたしはうなずいた。
「ヴィアンカ、ウォルフガング」とゲインズブール。「職員室の俺の机に通知表がある。配ったら解散していい」
「はい」と良い返事をするウォルフとわたし。
みんなで医務室を出ると、静かに扉を閉めた。
「弟さんの話からすると、先生は夏休み中に結婚するかしら」とミリアム。
「そうなってしまいそうね」とレティ。
「どうする、招待状」とわたしはポケットからそれを取り出した。
夏休み中の女子会への招待状なんだけど。このぶんだと式の準備で大忙しになりそうだ。しかも渡しそびれてしまった。
「寮の部屋に届けておこうか?」
とマリアンナ。
「そっか。お願いします」
と渡す。
「マリアンナも来る? うちでやるの」
「いやよ。あんなバカでかいお屋敷。庶民なのを思い知らされるもの。わたしが玉の輿に乗ったら行ってあげるわ」
「わかった」
思わず苦笑する。この子の精神のタフさは尊敬するものがある。がんばって良縁を見つけてほしいよ。
そして。
ウォルフとわたしはみんなと別れて職員室へ向かった。
いつものように並んで歩く。
「なあ、ヴィー」
「なあに?」
「婚約の日取りが決まったんだってな」
「……うん」
「おめでとう」
足を止めてウォルフを見る。笑顔だ。よかった。
「ありがとう」
わたしも笑顔で返す。
ウォルフの顔からすっと笑顔が消えた。
「だけどムカついたから、きのう中隊長を一発殴っておいたぞ」
「ええっ!?」
そんな話、アンディからは聞いてないよ!
「一発で済ますオレっていいヤツだよな」
ウォルフは真顔だ。
「そ、そうなのかな?」
どうしよう。
フェルみたいに殴りあいにならなくてよかった、と思うのが正解なのかな。
「馬鹿だなヴィーは」
思い切り笑うウォルフ。
「そこは怒れよ、あの人が泣くぞ!」
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