3・1 終業式
一学期最終日。
二年生になってからの四ヶ月は色々なことがありすぎて、早かったような長かったような、不思議な感覚だ。
終業式のためにみんなで講堂へ向かっていると、前を歩くマリアンナの後ろ姿をみつけた。寮の子たちと仲良さそうに話している。
彼女が臥せっていたときのこと。キンバリー先生ひとりで付き添うには限界がある。そんなときは寮生が交代で看病してくれていたそうだ。
フェヴリエ・パーティーから少しずつ変わっていた彼女だったけれど、事件のあとで更に丸くなった。あの日のことも、口をつぐんでくれている。今は消えた魔力が回復しないかと、いろいろと試してがんばっているみたいだ。
彼女が恐れていたバッドエンドも終わって、完全にゲーム後の日々になった。その辺りも影響があるのかもしれない。ようやく『ゲーム』じゃない彼女の人生が始まったのだものね。
とはいえ。マリアンナは、アルをはじめとする攻略対象はあきらめるけど、他の貴族の息子を捕まえるんだと息巻いている。そんなところは変わっていないみたい。
わたしは、『遠くから応援しているね』と伝えた。
だってキンバリー先生はまた、協力を要請されたって呆れていたからさ。先手を打ったんだ。だけど必要なかったみたい。
『あなたみたいな鈍感に頼むことなんてないわよ』と言われてしまった。『その代わりに、結婚式の招待とドレスを忘れないで』だって。もちろん、と返事をしたよ。
キンバリー先生はアンディにものすごく怒っている。計画に無理やり付き合わされたことをだ。『一生許さん!』と言っている。でも、それだけ心配してくれていたみたい。わたしのことも。アンディのことも。
わたしたちが婚約することを、とても喜んでくれた。先生には二人で報告したのだけど、そのときのわたしは言いにくいことをひとつ抱えていた。旅の話だ。
実はアンディに、キンバリー先生を誘ったことを伝えていなかった。今になってみると、わたしってば誘っておきながら、心の底ではアンディと二人で行きたかったんだと思う。
だから正直に、アンディにはキンバリー先生も誘っているから三人で行こうと話し、キンバリー先生には結婚してない三人組ではなくなってしまったことを謝った。
そうしたら二人から同時に、なにを言っているんだと呆れられてしまった。
アンディは、
「俺は二人でしか行かない」と言い、
キンバリー先生は
「最初から行く気はないよ」
と言った。
「そりゃスキーはしたいけどね」と先生。「そんなことをしたら、アンディに殺されちゃうじゃないか。彼、けっこう嫉妬深いし、独占欲も強いよ。ヴィーちゃんってば、まだ気づいてないの? 言ったよね? ヴィーちゃんの前でカッコつけてるだけだよ、って」
そうなの?とアンディの顔を見たら、アンディはそっぽを向いて、そんなことはないぞと答えた。
「じゃあ先生が気づいたあれこれを、ヴィーちゃんに教えてあげよう」
ニヤリと悪い笑みを浮かべた先生。
「言ったらお前の秘密も言いふらすぞ!」と怒るアンディ。
この言葉に悲しくなった。以前二人は恋人同士だった。わたしの知らないことがたくさんあるのだろう。
その帰り道でのこと。アンディはさっきのは悪かったと言って、こっそり先生の秘密を教えてくれた。
気分がよくなったわたしは、ついでに先生が話していたあれこれも教えてと頼んだのだけど。忘れてくれないと旅には行かない、とすねられてしまった。
カッコ悪いからイヤなんだって。気になるなぁ。
マリアンナたち寮組から少し距離をおいて、ぺルルが一人で歩いている。視線を感じたのか振り向いて、わたしと目があうと、走って行ってしまった。
あの日以来、彼女はいつもそうだ。それにいつもオドオドしている。わたしを傷つけたくて秘密をバラしたものの、罪に問われないか怖くなったのだろう。わたしは誰にも話すつもりはないし、もう半年近く経っているのだから、そのことに気づいてもよさそうなのにね。
講堂に入るとバレンの姿が見えた。クラスの列に並ばずに、ディアナと話している。
ジョーによると、最近二人はいい感じなのだそうだ。真面目なディアナをバレンがからかってばかりらしいけど、なんだか甘い雰囲気なんだって!
この前バレンが、卒業後もシュシュノンに住むのも悪くないと話していたんだけど、きっとディアナのことを考えての発言だったんだね。
だけど、なんで委員会が一緒のわたしよりジョーの方が二人について詳しいのかが、不思議だ。
クラスの場所まで来ると、委員として声かけをしてから列の先頭に立つ。
エアコンなんてもちろんない講堂は暑くて、窓も扉も全開だ。入ってきた強めの風がスカートを揺らしたので、慌てて押さえる。
すっかり忘れていたけど、こういうところが女子ってめんどくさい!
それにしても、シュシュノン学園に入学したときは、まさか女子の制服で通う日が来るとは思わなかったよ。
クラスのみんなには思いのほか、スムーズに受け入れられたし、当初の恥ずかしさも消えた。めんどくささはあるけれど、今は女子のわたしを楽しんでいる。
ただな。
学校でもジョーとレティは変わらずラブラブで。ミリアムとアルは淑やかにラブラブで。わたしはちょこっとだけ淋しい。わたしもアンディと一緒に学校に通ってみたかったな。
でも前世から憧れていた放課後デートはしてるもんね。
だけどデート中にうっかりアンディの同僚に会うと、大変。ヒューヒュー言われる。あんなの実生活で言われることがあるなんて、思わなかったよ。
マッシモが言うには、同僚たちはアンディが結婚を決めたことに安堵して、冷やかしているそうだけどさ。
まあ、恥ずかしいけど、悪い気はしないかな。
結婚といえば。
ミリアムたちは来月正式に婚約をする。ちゃんと良き日を選んだ。
一方でアンディとわたしは父親同士が喧嘩をしていて、いつまでたっても話がまとまらなかった。呆れた陛下の、『息子たちと同じ日にしてしまえ』との鶴の一言で、婚約が決まった。
わたしたち、大丈夫なのかな。結婚式までそんな風に決まるのかな。なんて。わたしはアンディと一緒にいられれば、なんだっていいんだ。式をしなくたって全然構わない。
だけどアンディのほうが、こだわっている。なにしろわたしにウエディングドレスを着させてやりたい、世界一幸せな花嫁にしてやりたいと願って、解呪に挑もうとしたのだからね。
アンディの理想は、わたしがたくさんの人に祝福される結婚式なんだって。それなら父親同士に仲良くしてもらおうと、色々と画策をしている。だけど、ことごとく失敗。二人の仲はこじれまくっている。
ただ、アンディが絶縁されることはなくなった。父君は息子をシュタイン家に取られるのだけは絶対に阻止したいんだって。
『ブルトン家に嫁いでも、アンディがシュタイン家に入っても、父親で苦労するぜ。だから俺のところへ来い』って時々ウォルフに言われる。軽い口調で、冗談めかして。
わたしも女の子に戻って成長した。
ウォルフと同じような口調でお誘いをかわしながら、申し訳なさで胸がいっぱいだ。
とはいえ、ウォルフはほとんど以前と変わらない態度で接してくれている。学校外で、二人で出かけることがなくなったくらい。みんなで遊ぶことはあるし、お互いちゃんと楽しめていると思う。
それにしても前世も今世も、式と名のつくものはなんでこんなにつまらないのだろう。
暑いのだし、早く終わってほしい。
「では次は」と司会が言う。「夏期休暇中の諸注意。ゲインズブール先生」
やった。ゲインズブールなら、短く済むよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます