2・幕間 王子と事件

(アルのお話です)


 そろそろウォルフガングとバレンが来るだろうかという頃合いに、ジョーと僕は迎えに出た。

 これからウォルフガングの鬱憤晴らしの会をするのだけど、臨時の議会が開催されていて、 運が悪ければその終了とウォルフガングたちがかち合いそうだった。


 あいつは今、貴族たちに会いたくないだろう。狭い世界だから大人たちも、ブラン商会の有能な跡取りがなぜ良縁を断り続けていたか、知っている。一方で、ヴィアンカとアンディの婚約が内定したことを既に知っている者もいるはずだ。


 意地の悪い大人は、ウォルフガングに揶揄の言葉を投げつけるかもしれない。

 底の浅い大人は、娘の猛アピールを始めるかもしれない。


 あいつの鬱憤を晴らすための会なのに、余計に落ち込ませてしまったら大変だ。

 学校でのあいつは、見事に普段通りだった。それが余計に痛々しくて、見ていられなかった。

 けっしてヴィアンカが悪いわけではないけれど。割りきれない思いはある。




 僕がペソアから帰ってきたころはまだ、ウォルフガングには十分な可能性があった。呪いのことはひとまず置いておいて、ジョーはお似合いだと喜んでいたし、僕も彼と親しくなるにつれて、そう思うようになった。


 だけれど。ヴィアンカが徐々に変わり、アンディに恋しているのが間違いないだろうとなった頃、ウォルフガングは言った。


 最初からこうなると思っていた。失恋覚悟だった。

 でもオレは決定的にフラレるまで諦めない。全力を尽くす。


 と。

 だから僕たちは分の悪い彼を、友達として全力で支援することにした。後悔が残らないようにするために。

 ジョーは、一縷の望みを持ってのことだったみたいだけれども。


 だけどついに今日、その決定的な時が来たのだ。


 幼い頃から共に過ごしたヴィアンカと、兄のように見守ってきてくれたアンディが幸せになってくれて嬉しいのは事実だ。

 けれどもやはり、ウォルフガングにも幸せになってもらいたかった。

 不可能だとはわかっているけれど。





 それほど待つことなく、バレン、ウォルフガングと続けて到着をした。ウォルフガングは真っ赤な目をしていた。きっと馬車の中で張り詰めていた気持ちが途切れて、泣いていたのだろう。

 みんな気づかないふりをして、僕の部屋に向かう。

 やはりタイミング悪く、議会が終わったようだ。パラパラと出席していた貴族たちとすれ違う。だけど皆、僕に挨拶するだけで通り過ぎていく。迎えに出てよかった。


 と、突然ざわめきが聞こえてきた。それも不穏な感じだ。しかも議会場がある方面。僕たちは顔を見合わせた。

 今はあまり貴族が多くいるところには行きたくない。

 だけれど事件では大変だ。

 全員でそちらに向かって駆け出した。



 議会場の前に人だかりが出来ている。

 ふざけるなとか、盗人だとか叫ぶ声がする。一体何事なんだ。

 僕は人を避けて進む。貴族たちも僕だとわかると道を開けてくれた。


 そうして騒動の中心にたどり着くと。

 僕たち四人は唖然として立ち尽くした。


 我が国の文官トップの宰相。

 我が国の武官トップの騎士団長。


 いい年をしたこの二人がボロボロになって殴りあっていた。髪はぐちゃぐちゃ、服は引きちぎられ、酷い有り様だ。


 それを騎士たちも文官たちも戸惑いの表情で見守るだけで、止めに入らない。フェルディナンドが懸命に父親に声援を送っている。


「なんだ、来たのか」

 と掛けられた声の方を見れば、父がどこからか持ってきた椅子に座り、のんびりと見物している。

「なにがあったのですか?」

「また口喧嘩が始まってな。いい加減不満を出しきらせたほうがいいと仲裁をしなかったら、ああなった」

 そう言って父は二人を見る。楽しい劇でも見ているかのような表情だ。


「ブルトンが、息子が夏までに結婚しなかったら絶縁すると公言していただろう」

 と父。はいと頷く。

「だがヴィアンカはまだ十七だ。夏までに結婚するのは不可能。アンディがヴィアンカを選ぶなら、絶縁となる。それにシュタインはブルトンが嫌いだ。可愛いヴィアンカをあんなヤツの家に嫁がせたくないのだな。アンディに結婚の条件はシュタイン家に入ることと提示して、アンディは即刻了承したそうだ」

「それで……」


 罵り合いながら、まだ殴りあっている二人を見る。さすがに疲れたのか勢いはなくなり、倒れこみそうだ。


「ブルトンもあれで息子がかわいいからな。絶対にやらんと怒っている」


 なんなんだそれは。

「……シュタイン家にはフェルディナンドがいるのに」と僕。

「そういう問題か?」とバレン。

「ていうかシュタイン公爵、すごいな。騎士団長と互角か」とジョー。

 そういえばそうだ。


「あのフェルディナンドの父親だぞ」と父が笑う。「シュタイン自身、少年団、予科練とトップクラスの成績だった。ブルトンと仲が悪かったから騎士団に入らなかっただけだ」

 なるほど。フェルディナンドの血の気の多さは父親譲りだったのか。よく考えてみると、二人は双子への溺愛具合といい、そっくりな性格だ。

 うん、義兄たちの喧嘩だけじゃない。親子喧嘩も仲裁しないぞ。


「シュシュノンは凄いな」とバレン。「ペソアじゃ王宮でこんなことをしたら、一発で免職だ」

「あちらは厳格だからな」と父。「バレン王子。シュシュノンに住みたかったら、職は用意しよう」

「……ありがとうございます」


 僕は一言も発しないウォルフガングをそっと見た。歯を食いしばって泣くのを我慢しているようだ。今日初めて見せる、本音の表情だ。


「部屋に行こうか」

 と、みんなに声をかける。

 愚かだけれど幸せな大人たちだ。

 いや、幸せな国なのか。

 国のツートップが、たかだか子供の結婚で殴りあいの喧嘩をして、王が楽しそうに見物をしているのだ。

 馬鹿馬鹿しいにもほどがある。



 僕の部屋に入り、扉を閉めると――

「なんなんだよ!」と突然ウォルフガングが叫んだ。「どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ!」

 目に涙が浮かんでいる。

「ふざけんな! 人の恋心を利用しやがって! 自分たちばかり幸せになりやがって!」

 そのとおりすぎて、かける言葉がない。

「お前たちもだ! オレを利用してヴィーを守らせやがって! 卑怯者! くそっ!」

 確かに僕たちは彼を応援しながらも、彼がヴィアンカを守ってくれることに胡座をかいてきた。

 袖で目を押さえるウォルフガングの背中に、ジョーが手を置く。


「だけど友達だと思っているぜ」

「わかってる! じゃなきゃ来ない!」


 僕もジョーの反対側から彼の背中に手を置いた。


 ふと思った。

 もしかしたら、彼がもう少し卑怯だったら、上手くヴィーとアンディの仲を裂けたかもしれない。

 いいヤツ過ぎたんだ。


 だけどそれは言わないでおこう。なんの慰めにもならない。


「今日は侍従は呼ばない。オレたちだけだ」とバレン。

 その通り。

 飲み物も軽食も十分用意して、人払い済みだ。

「思う存分ぶちまけろ」

「バレンの言うとおりだよ」と僕。「なんなら明日の学校はみんなでサボろう」

「へえ? くそ真面目な王子のくせにいいのか?」とバレン。

「アルがそんなことを言うなんて明日は嵐だな」とジョー。


「くそっ! 付き合えよ! 言いたいことは山ほどあるんだからな!」

 ウォルフガングが涙の跡ののこる顔を見せた。


「付き合うって。とことんな」

 ジョーの言葉にバレンと僕は頷いた。


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