7・幕間 王子、異国にて 2
そう、うらやましい訳ではないのだ。
僕もけっこう、もてる。学院ではそれなりに女の子たちに囲まれてはいる。笑顔を振り撒けば、一応きゃあきゃあ騒いでもらえる。
でもそれは、僕がイケメンだから? それとも隣国とはいえ、いずれ国王になる身だから?
ペソアに来る前からそのような疑問はあったけれど。学校という閉じられた世界に入ったこと。異国だということ。モテまくっているやつがすぐ隣にいること。
以前と異なる環境にいるせいか、つまらないことをぐるぐる考えてしまい、その矛先は唯一ワガママを言える古馴染みに向かってしまう。
それを彼は怒ることもなく静かに受け止め、時には流し、時には親身になりぼくをうまく転がす。大人なんだろう。
でもそれが僕の未熟さを余計に露にするので、結局苛立ちを増大させせてしまうのだ。アンディだって異国で安穏と暮らしているわけではないのに。
彼を含め騎士団の連中は、この国の近衛兵や騎士団とわりあい仲良くやっている。小隊長が、自分が若輩者であることを上手く使い卑屈にならない程度に相手を立て、一方で圧倒的な剣の技量で一目置かれるという、絶妙なバランス感覚を発揮しているからだ。
しかも何故かヴィーがアンディに送りつけてきたドーナツ型のクッションが、双方の騎士たちの間で大流行。それも潤滑油になったらしい。今じゃ王都中でこのクッションが流行っている。おしりがすっぽりはまり座りやすいのだそう。
とにもかくにも、彼の部下たちも僕のために頑張ってくれている。
僕だって頑張っているけれど。たまには愚痴りたくなるし、大好きな幼なじみたちに会いたくなる。でもまだ、留学はやっと折り返し地点だ。
と、アンディが足を止めた。視線の先にこの国の第五王子、バレン・ルー・ペソアがいた。アンディは深く一礼する。僕も会釈を。しかしバレンはぷい、と顔をそらし、彼の侍従だけが礼を返す。バレンはさっさと歩いて行く。
いつものことだ。
彼は僕たちをおもしろく思わない一人だ。年は同じ十五で学院では学年もクラスも一緒だ。
一応、彼にも王子としての矜持があるようで、学院では何事もないように振る舞っているが、王宮の中では無視を決め込んでいる。
この国の上流階級では、基本的に食事は大人と未成年で分けて取る。ペソア王室の未成年はバレンだけなので、食事はいつも彼と僕とアンディ(彼は大人側に招待されたのだが、本人がどうか護衛としての仕事をさせてほしいと懇願して僕側の食事についているのだ)の三人なのだが、なにぶんバレンが話さないので、とてつもなく沈鬱な空気だ。
まったく子供の対応だな、と腹立たしくなるけれど、冷静に考えれば彼の分かりやすい態度はかわいいものなのだ。僕に笑顔をで相対しながら腹のなかには一物がある、なんて貴族や高官は掃いて捨てるほどいる。
ぽろりと。
「みんなは元気かな」
言葉が転がり落ちる。それに対し、出来る小隊長は。
「元気でいてくれると信じております」
あーそうですか。信じる力の足りない僕ですみませんね。
って、またひねくれてしまった。
わかってる、彼は嫌みを言ったのではない。『元気でしょう』なんて安易な答えをするヤツじゃないのだ。
確実に。僕は疲れている。
ちょうど自室についた。いつもならここでアンディと別れるけれど。ちょっとだけ意地悪な気分になって。僕のこの疲れを吹き飛ばす力になってほしくて。彼を部屋に招き入れる。
待機していた侍従がアンディの分のカップも出してお茶の準備を始める。その姿を見ながら、鬱憤ばらしの質問をぶつける。
「なぁ、アンディ。今、一番会いたいのは誰? 取り繕った綺麗な答えなんていらないよ」
古馴染みはちょっとだけ眉を寄せた。
誰の名前が出てくるのかわくわくする。彼と浮き名を流した幾人かのご婦人たちが頭に浮かぶ。どの方が一番のお気に入りだったのだろう。ところが、あまり間を置かずに出された名前は――
「ヴィー」
意外な答えに目を見張る。
「俺達が戻る頃にはムキムキになっていると言っていたからな。今頃は、『ムキ』くらいにはなったかもしれない」
彼は思い出したのか、口の端に笑みを浮かべた。
「やめてくれ。それはミリアムが許さないだろう」
ムキムキのヴィーを考えて、少し気分がほぐれた。似合わないことこの上ない。ぷりぷり怒っているミリアムが目に浮かぶようだ。自然と顔がほころぶ。
ああ。あの日々は夢のように楽しかったな。
深く息を吐く。
大好きな君たちに、早く会いたいよ。
侍従が出してくれたシュシュノン産のお茶のカップを手にとって。変わらないその香りを胸一杯に吸い込んだ。
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