8・1 ピクニック

 馬車を降り立つと、目前には美しく色づいた秋の景色が広がった。開けた丘の上から、遠くには赤や黄色で彩られた山々、近くには黄金色した収穫前の小麦畑が見える。背後には葡萄畑。日帰りで行ける、都から少し離れた紅葉の隠れ名所。わたしは生まれて初めて子供だけで都を出る許しを得て、ここへ来た。


 メンバーはわたし、ミリアム、ウォルフガング……。以上。本当はジョーとレティも来るはずだったんだけど、風邪でまさかの二人同時ダウン。今回は諦めて日を改めようとしたけれど、二人の強い勧めで三人だけでやって来た。紅葉も終わりの時期だから、気を遣ってくれたに違いない。


 名所だけあって、所々に敷物をひいてピクニックをしているグループがいる。わたしたちもそれに倣う。

 ちなみにわたしたち三人の他に、それぞれの従者やメイド。それと遠出するので護衛が四人。うちの騎士が二人。ブラン商会で働いている騎士が二人。総勢十人だ。


 ウェルトンたちが昼食の用意をしている間、わたしたちは散策をした。

 道沿いでは見物客用に、地元の農家がテーブルひとつで臨時のお店を出しており、朝焼きパンや新鮮野菜と卵のキッシュ、フレッシュチーズ、葡萄酒なんかが売られている。とても美味しそうだ。

 また、地元ではなさそうな移動販売馬車も何台か止まっていて、それぞれに食べ物や、お土産を売っていた。

 なんとなく前世の観光地を思いだした。規模は全然違うけれど、素朴さにほっこりする。見て歩くだけで楽しい。


 わたしは地元のお店でフレッシュチーズと、毬のようなものを買った。日本古来の毬にそっくりで、カラフルな糸で美しい模様を作り出している。

 お店の方にこれは何ですかと尋ねたのだが、その人もボールとしか分からなかった。葡萄の収穫期に臨時で雇った人が作ったものらしい。それも昨年の話で、わたしが買ったのが最後のひとつとのことだった。


 ひととおり出店を見終わり、ウェルトンたちの元へ戻ろうと歩いていると。隣のウォルフガングが、おっ、と小さく声を上げた。すぐそばの移動販売馬車に、わたしたちと同じ年頃の男の子と女の子がいた。男の子もウォルフガングに気づいてよっと言って片手を上げたのだが。すぐにミリアムとわたしにも気づき、上げた手をそのままに困惑していた。


「お前、学校は? ズル休みか?」

 ウォルフガングは気さくに話かける。

「ああ、いや。先週から休んで母さんの実家に行ってたんだ。伯父さんの見舞いに。その帰りだ」

「そりゃ、お大事にな」


 ……気のせいかな。女の子の方のミリアムを見る目が険しいように見えるけど。彼女が美少女すぎるからかしら。


「ヴィー、ミリアム。バロック男爵家のペルラとぺルル兄妹だ。ペルラは学園の二年生で、ぺルルはオレと同じ歳。ペルラ、ぺルル。こちらはシュタイン公爵家のヴィットーリオとミリアム」

 わたしたちはそれぞれに、よろしくと言いあった。で、わかった。ぺルルはウォルフのことは、かわいい顔で見る。これはきっと彼が好きなんだ。ミリアムはライバル認定されたんだぞ、きっと。


 バロック兄妹と少しだけ立ち話をして別れた。妹のほうはかなり名残惜しそうだった。


 わたしたちの場所まで戻ると、すっかり用意は整っていた。両家の料理人が腕によりをかけて作り上げた豪華なピクニック弁当に、たった今買ったばかりのフレッシュチーズやキッシュなんかをプラスする。三人でわいわいと、楽しい食事をとった。


 お腹がだいぶふくれた頃、離れた道を歩くバロック兄妹の後ろ姿が見えた。まだいたんだ。わたしはあの妹と、そして毬のことがまだ気になっていた。

 傍らの毬をむんずと掴むと、

「ちょっとこれを買ったお店に行ってくる。二人は話してていいよ」

 そう言うが早いか駆け出した。

「ヴィー! ひとりはダメよ!」

 ミリアムの叫びが聞こえたけれど、止まらなかった。


 兄弟が歩いて行った方面に何台か馬車が停車していた。そのひとつにまさに乗り込もうとしている二人を発見。

「ちょっと待って! ペルラ、ぺルル!」

 大声に驚いて振り返る二人。わたしは駆け寄ると、ちょっとと言って馬車の後ろに二人を呼んだ。だって中にはお母さんがいるだろうから。


「何ですか?」

 兄(ペルラ?ぺルル?どっちだ?)が不審顔で問う。わたしは懸命に息を整えながら、

「ごめん、呼び止めて」

 と言う。脇をウォルフと騎士がひとり駆けて行ったけど、馬車の影にいるわたしに気づかない。すまぬ、後で追うよ。

 わたしは妹を見て言った。


「あのさ、ミリアムはライバルじゃないから」

 途端に彼女は赤面した。

「ミリアム、男の子に興味ないから。僕が一番好きなんだ」なんか変な言い回しだけど、この際気にしない。「だからさ、同じ学年になるみたいだし、仲良くしてくれると嬉しい。彼女、ああ見えて繊細なんだ」

 妹は顔を赤くしたまま、不機嫌な顔になった。


「だってあなたたちが悪いんじゃない!ウォルフガングを独占して」

「どういうこと?」

「ウォルフガングは最近双子とばかり遊んでいるってもっぱらの噂だけど?」

 と兄。

「そうかな? 週一くらいだけど」

「あいつは忙しいんだよ。店の手伝いに週二の少年団、家庭教師、お前たちが週一で遊んでいるせいで、他のヤツらにしわ寄せがきてんの。ぺルルなんて最近はお茶会でしか会ってない」

「そうなんだ」

 ちっとも知らなかった。いつメンとは週二、三で会ってるからウォルフは少ない方だと思っていた。

「ごめんなさい。知らなかった」

 素直に頭を下げる。


「まあ、知らなかったなら仕方ないけど……」

 兄の方は頭を掻いた。が、妹の方は――

 突然のことだった。わたしの手から毬をむしり取ると、なんと葡萄畑に向かって投げたのだ。そして、

「ふん!」

 と一言、馬車に乗り込んだ。わたし、呆然。すごい。こんな絵に描いたような嫌がらせ、初めて見た。妹、悪役令嬢になれるよ?


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