7・4 要注意人物

「ああ」フェルは頷いた。

「見送りしなくてごめん」

「いいんだ。僕のお客だからね。それよりヴィー。さっきは君の意見も聞かずに悪かったね。嫌じゃなかったかい?」

「全然。んー。魔力がほぼないってはっきりしてがっかりはしたけど。嫌なことなんて何もなかったよ」

「そうか。よかった」

「むしろなんで、フェルが僕に会わせることにしたのかが気になるよ」

 そうだね、と彼は頷いた。


 そこへウェルトンが淹れたてのお茶を出す。ありがたくいただく。

「最初に言っておく」

 フェルは真面目な顔で重々しく口を開いた。

「カッツ・ゲインズブールは変態だ。見た目に騙されてはいけない」

「はい?」

「あいつはとんでもない魔法オタクだ。三度の食事より美しい女性より魔法が好き。魔法研究のためなら人を傷つけても騙しても気にしない。自分の命すら売りかねん、そんなヤツだ」


 ……なるほど。ゲームどおりのキャラってことか。けっこうな美男なのに残念なことだ。


「だから今まではずっと、あいつの申し出は断っていたんだ。ずいぶん昔から、ヴィーの話を聞きたいと頼まれていたんだけどね。だけど来年には入学だ。必然的に顔を会わせることになる。僕のいないところで調査をされるよりは、今、僕のいるところでやったほうがいい」

「そうか。でもきっと、僕は興味深い対象じゃなかったよね。魔力は低いし記憶もない」

 フェルは何も答えずに、また頭をなでてくれた。


「どんなであろうとヴィーはヴィーだよ」

「うん」

「もしカッツにしつこくされたら、すぐに僕に知らせるのだよ。必ず僕を通すように話てはあるけど、研究のことになるとあいつはおかしい」

 わかったよと苦笑する。


「最近、ものすごい能力を持った子がみつかったようだからね。多分そちらに没頭するだろうけど、あいつには気を付けるんだよ」

「へえ。そんなにすごいの?」

「ああ。平民の女の子だ。莫大な魔力を保持していて、しかも癒し系が得意みたいなんだが、まだ全貌はわかっていないそうだ。ヴィーと同い年だから、学園で会うよ」


 ん? わたしと同学年で、平民の女の子で、莫大な魔力で、癒し系? それはもしかして、ゲームの主人公じゃないのかな。


「カッツは涎をたらして待っている。僻地に住んでいたそうで、今、都に向かっている最中だ」

「もう来るの? 早くない?」

 まだ八月だ。シュシュノン学園に入学するのは来年の四月。

「研究所で能力を調べるんだ。逸材だからね」


 そうなんだ。ゲームの設定にそんなのあったかな。確か初めて会うのは入学後の研究室だったような気がするけど。カッツが落とした研究資料を届けるんじゃなかったっけ。

 もしかすれば、カッツ・ゲインズブールが、一時的に都を出たりするのかもね。


「そうそう、エレノアの調子はどう?」

 途端にやに下がるフェル。イケメンなぶん余計に情けない。

「大丈夫、今日は調子がいいみたいだ」

「じゃあ後で本を返しにいくよ」

 エレノアはただいま御懐妊三ヶ月。悪阻がひどくて大変そうだ。わたしは三月末におじさんになる予定。


 と。大きな音を立てて扉が開いた。

 ずかずかと入ってきたのは。

「あ、ミリアムお帰り」

 なぜか鬼の形相。それでも一瞬だけ素敵な笑みを浮かべてわたしに

「ただいま」

 と言った。そしてフェルを向くと、ズバーンと指を突きつけた。前にも見たポーズだな。


「わたしのいない隙になにをなさっているの! あれほど反対したでしょ?」

 またわたしに優しい顔を向ける。

「ヴィー、大丈夫だった? 研究所の変態にひどいことをされなかった?」

 なるほど。カッツ・ゲインズブールのことを怒っているのか。


「大丈夫。ただ話をしただけだよ」

「だとしても!」

 ミリアムはまた鬼の形相をフェルへ向ける。すごいな、百面相だよ。

「兄様。許せることではありません」

 フェルは肩を竦める。

「僕なりにちゃんと考えていると言っているだろう」

「兄様の考えには思慮が足りません」

「ヴィーは大丈夫だったと言っている」

「それは結果論です。もしヴィーに何かあってからでは遅いのです」

「まあまあ」わたしはふたりの間に割って入った。「ミリアム。ちょうどよかった。話したいことがあるんだ。フェル、せっかくの休日なんだからエレノアを放っておいたらダメだよ」


 フェルはわかったよと苦笑いで退散。空いたところへミリアムが座った。ウェルトンがすかさず、テーブルにチョコの箱を置く。口の前に指一本立てて。

 さすがウェルトン。腹が立っているときは甘いものだよね。

 わたしとミリアムはひとつずつつまんで、顔を見合わせる。双子だけの内緒のおやつ。


 ああ、この世界にチョコがあってよかった! チョコレート万歳! 甘いものは正義だよ。


「それでなんのお話なの? カッツ・ゲインズブールにひどい目にあったの?」

 違うよ、と笑ってしまう。本当にミリアムはいつもわたしを心配してくれている。

「あのさ。実はミリアムにはウォルフガングがお似合いじゃないかと思って、ずっと画策していたんだ」

「知っているわ」

「え、知ってたの?」

「わかるわよ」とミリアム苦笑い。「ヴィーはキューピッドには向かないわね」


 なんですと。なるたけ自然に二人きりにしたり、お互いのよいところが目につくように頑張っていたのが、全部バレていたのか。めっちゃ恥ずかしい。


「……嫌だった?」

「どうしたの、急に?」

「おかしな夢をみちゃってさ」


 そう、さっきの夢。ミリアムになったわたしは好きな人もいないのに、誰かを選ばなくてはいけなくて、ひどく困惑していた。あれはわたしがミリアムにしていることに対する彼女の気持ちではないかな。


「ミリアムの気持ちをちゃんと考えていなかったなと反省したんだ」

「そうなのね」彼女はわたしの手をとった。「いつもわたしのことを考えてくれてありがとう、ヴィー。本当に大好きよ。でもウォルフガングのことはいらないおせっかいね」

「ごめん。ミリアムに素敵な人と幸せになってもらいたくて。気持ちばかり先走っちゃったよ」

「いつかわたしに好きな人ができたら協力してくれる?」

「もちろんだよ!」


アルだと心配しかないけれど。いや、もし本当に彼女がアルを好きになったら、彼女が悪役令嬢にならないように、わたしが暗躍しよう。

「いつかヴィーに好きな人ができたら協力させてくれる?」

「僕に好きな人ができる自信がないけど、そのときはもちろんお願いするよ」

 ミリアムはなぜか泣き出しそうに見える顔でにっこり笑った。

「ヴィーの恋、絶対に力になるからね」


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