7・3 魔力調査

 カッツ・ゲインズブールはわたしの前に膝まづくと、両の手をしっかり握りしめた。やばい、ドキドキが伝わりそう。

「普通にしていていいからね」

 彼はそう言って目を閉じた。つられてわたしも目を閉じる。


 余計に手が気になる! 大きな手だな。いつだったかのウォルフの手もしっかり男の子の手だったけれど、カッツのほうがずっと大きい。大人の手なんだね。


あ、でも、大きさでいったらきっとアンディのほうが大きいな。手を握ったことはないけど、しょっちゅう頭をわしゃわしゃされてたもん。騎士らしい、ごつごつした大きな手だったよね。アンディ元気かな。手紙だと元気そうだけど、どうせわたしに都合の悪いことは書かないだろうからな。


ていうかアルはどうだろう。アルも手紙では元気にやってるって書いてあったけど。アルの手はどんなだったっけ?


「もういいよ」

 カッツ・ゲインズブールの手が離れた。わたしはほっとして目を開く。あー緊張した。

「修復魔法が使えるんだっけ?」

「はい。初歩の初歩だけですけど」

「うん。そんな風に感じたよ」

 やっぱり。まだ目覚めていない巨大な魔力が眠っているってのを期待したんだけど。だめだったか。

 内心でがっくりしていると、フェルが察したのだろう。優しく頭を撫でてくれた。


 それからカッツ・ゲインズブールのたくさんの質問に答えた。といっても大病したときのことはまったく記憶にないし、意識を取り戻した後もひどく混乱していたのでほぼ覚えてない。

 魔力がゼロになったときはよく覚えているよ。でもあの原因は、前世の記憶を取り戻してしまったからではないかと思う。あまり役にたたないんじゃないかな。


 彼はわたしの答えをきちんとメモをしていたのだけど、穏やかな人柄に反してミミズののたくった様な字を書いていて、少しだけびっくりした。


 聞き取りが終わると、わたしは挨拶をして応接間を出た。カッツ・ゲインズブール、字がドヘタなこと以外は極めて好印象だった。ゲームをしていたのが五年以上も前だから、曖昧な記憶しかないけど、もっと偏屈なイメージだったんだけどなあ。


 自室に戻ると姿見の前に立ってみた。学園の入学、つまりゲーム開始まであと七ヶ月。カッツ・ゲインズブールはスチル以上のイケメンだった。ジョーも最近目覚ましく成長していて、顔立ちはすっかり男だし、背はわたしより頭ひとつぶん高い。ミリアムもレティもより女の子らしく身体が丸みを帯び、顔は大人と少女の中間といった美少女ぶりだ。


 で、わたしは。

 筋トレをがんばった甲斐あって、多少は身体つきがしっかりしてきた。凛々しさも出てきたと思う。だいぶスチルに近づいた。けど、周りのみんなに比べると、まだまだ足りない。多分、ドレスを着たら女の子に見えるだろう。


 いくらフェルに似て筋肉が付きにくい身体がなのだとしても、フェル自身は細マッチョになれている。昔のことは覚えていないけど、わたしが前世の記憶を取り戻したころにはすでに、軍人みたいな雰囲気をしていた。あのときのフェルが十七歳。わたし、あと二年であんな身体になれるのかな。


 手作りのダンベル(木の中身をくりぬいて、砂をつめた。ウェルトンがね!)を手にして、でもなんとなくやる気がおきずそれを持ったまま長椅子に身を沈めた。


 そうだ、わたしは眠かったんだと消えいく意識の中思い出した。

 きのうはエミリアから借りた恋愛小説を読んでいて夜更かししてしまったのだ。


 ああ。わたしも恋愛したいなあ。前世でもほぼ恋愛なんてしていない。中学のときにクラスの男子をいいなぁと意識したのが初恋で。特になんのアクションもしないまま終わってしまったっけ。


 この人生で恋愛はできるのかな。


 ◇◇


 恐らく、そんなことを考えながら眠ったせいで、おかしな夢を見た。

 わたしはミリアムで、たくさんの男の子に囲まれている。みんな片膝を地面につき、花束を持っている。そして口々に「僕と結婚してください」と言っているのだ。


 たぶん、みんな知っている男の子たちなんだけど、なぜか誰なのかがわからない。わからないから誰も選べない。

 ひたすら困惑して、わたしはえーと、えーと、と繰り返すばかり。


 やめて、違うよ。わたしはミリアムじゃない。


 そう言おうとして。


 ◇◇


「眠っておられます」

 という声に目が覚めた。


 あ、わたしはヴィーだ。夢だったんだ。


「起きたら声をかけて」

 フェルの声だ。

「んんんん!」


 いまいち眠すぎて言葉にならなかったけれど、起きていることをアピール。

「ああごめん、起こしてしまったね」

 わたしは顔を横にふる。変な夢だったからちょうどよかった。

 きっと朝方まで読んでいた恋愛小説のせいだ。


 眠気を飛ばすように更に頭をふる。隣にフェルが座った。

「話していいかい」

「うん。ちょっと寝ぼけているけど」

「すぐにお茶を入れます」

 とウェルトン。

「うん、よろしく」

 ああ、すぐに冷たい飲み物が出てくる前世の世界は尊かったなあ。こっちじゃまず熱いお茶を入れて、水系魔法が使えれば魔法で冷やす。魔法は使えないけど資産があるなら貴重な氷で冷やす。つまりどのみち貴族しか冷えた飲み物は飲めない。なんて格差!


 なんて考えていたら目が覚めてきた。

「フェル、ゲインズブールさんは帰ったの?」


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