7・1 攻略対象四人目
前世の世界って、ほんっとーに便利だったなあ。エアコンを発明した人は神だと思う。かき氷、ジェラート、アイスコーヒー。ビール。ビールは嘘。飲んだことはない。ああ一回でいいから飲んでみたかったなあ。そうめん、冷しゃぶ、棒々鶏。スイカ。プール。
プール! エアコンは諦める。プールが欲しい。
女子高生の記憶を取り戻してから五度目の夏。向こうの記憶は薄れているし、この世界のたいていのことには慣れたけど、夏の暑さだけはいまだに耐えられない。それでも湿度の高い日本の夏よりは過ごしやすいとは思うんだけど。
当たり前だけど汗を吸っても爽やかなままの下着やキャミ、ショートパンツなんかはなくて。綿の下着にヒラヒラの絹のドレスシャツ、しかも長袖を着て、下も綿の膝下まであるキュロットなんてものを着こんでいるから、汗をかいてかいて仕方ない。
でも女の子はもっと着こんでいるから、転生先が男の子だったのはラッキーだったのかも。
あー、アイスを食べたい。
木陰で水をはった桶に膝下だけ入れて涼をとりながら、うとうととする。この世界じゃ最高の贅沢なんだけどね。
ちなみにこの桶と水はいつも自分で用意してるよ。こっそりね。
この五ヶ月でわたしの世界は劇的に変わった。ウォルフと友達になり、お互いの屋敷を往き来出来るようになった。これまであまり行かせてもらえなかった場所、公園や劇場、お店なんかに子供だけで行ってもいいようになった。必ずミリアムかジョーのどちらかが一緒という条件付きではあったけれど、以前とは天地の差だ。
それもこれも、ミリアムの他人への恐怖心が少しよくなってきたからだと思う。いまだにお茶会はいつメンとしかできないけど、どこかに出掛けたときなんかにジョーやウォルフの友達会えば会話できるようになった。おかげで『知人』程度の知り合いがたくさんできた。すごく嬉しい。
ただそんな中で思うのは、ミリアムに相応しい素敵かっこいい男の子はなかなかいない、ということ。やはりイチオシはウォルフだ。
二人は、最初の出会いを考えれば、仲良くやっていると思う。けど、なかなか進展はないんだよね。まるっきり、ただの友達。あんなにかわいいミリアムがそばにいるのになんで恋しないのか、まったくわからない。
ウォルフにずばり、意中の子がいるのかと尋ねたら、内緒としか答えてくれなかった。ジョーの情報ではそれらしき相手はいないようなのだけどね。
そのジョーも、ミリアムの結婚相手探しには否定的で協力してくれないし。
学園に入るまであと七ヶ月。不安でしょうがない。
「あっ! ヴィーさまったら、またこんなことをして」
目を開けると、そこには仏頂面のウェルトンが立っていた。
「やるなら室内でって何十篇申し上げればわかっていただけるのですか」
「だって風があったほうが気持ちいいんだもーん」
何度と繰り返してきたやり取り。足を水で冷やすのは一般的なのだけど、外で貴族がやるのは大変下品、というかそんな貴族はいないらしい。
ミリアムにバレるとすぐにぷりぷり怒るので(そんなところもかわいい)、ウェルトンも生真面目に注意してくるのだ。
今日、そのミリアムはいないけれど。王宮でレティと一緒に『高貴な女性のマナー』という授業を受けている。王室向けのレッスンらしいのだけど、レティが一人より二人のほうがやる気が起きるからという理由で、ミリアムも参加しているのだ。
ミリアムが留守なのだから、少しくらい大目に見てくれてもいいのにと、不貞腐れて足をぱしゃぱしゃやっていると、
「こちらは私が片付けますから応接間へ行ってください。お客様です」
と、ウェルトン。
「僕に? ジョー? ウォルフガング?」
「いえ、ゲインズブール子爵家のご子息、カッツ様です。フェルディナンド様を訪ねていらしたのですが、ヴィー様にもお会いしたいそうです」
「へえ。父様とフェルが許可したんだ。明日は嵐かな」
こんなことは初めてじゃないだろうか。カッツ・ゲインズブール。どこかで聞いたことがあるような。誰だっけ。
一生懸命に脳内フォルダを検索するけれど、思い出せない。世界が激変したのに伴って、紹介された知人が多過ぎて覚えきれないのだ。
覚えてないってことは、素敵かっこい男子ではないってことだ。
それなら無理に思い出さなくていいか。
そう思いながら扉を叩き名乗り、応接間に入って。その男、カッツ・ゲインズブールを一目見て、雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
なんてこった。すっかり忘れていた。カッツ・ゲインズブール。ゲーム『シュシュノン学園』の四人目の攻略対象だ。
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