6・3 ロック・オン
離れたところで凧をあげながら、三人を観察する。和気あいあいとやっている。
「ねえ、ジョー。ウォルフガングて思ってた以上にいいヤツだ」
「……まあ、今日は初日だしな。ちょっと猫をかぶってる感はある」
「そうなの?」
「まあな。普段よりは行儀よくしてる。ミリアムに緊張してるんじゃないか?平手打ちされたんだから」
あー 、それはあるかもね。
「でも、悪いヤツじゃないって言ったろう?」
うん。
「決めたよ」
「何を?」
「ミリアムの結婚相手になってもらう。ぼく、推しまくるよ!」
「はぁ?」
「だって最初いがみあっていた二人がやがて相手を意識するようになって、最後はくっつくって、王道だよね」
平手打ちっていう最悪の出会いをして、お互い嫌いになる。でも女の子はツンデレで、男の子は意外にも優しいところがあって。
これって、めちゃくちゃきゅんきゅんする設定じゃない?
「……すまん、何を言っているのかまったくわからん」
呆れた声で、我に返る。危ない、あまりにも好物な展開に、脳内で妄想が広がるところだった。
「とにかく、二人はお似合いカップルになりそうだよね、ってこと」
「無理だな」
ジョー、一刀両断!
「なんで!?」
「だってミリアムはお前が大好きじゃないか。少なくともヴィーにそういう相手ができるまでは、彼女は恋愛も婚約もしないね」
断言されちゃったよ。でもそれじゃ困るんだ。彼女を悪役令嬢にするわけにはいかない。シュシュノン学園に入学する前に、アルでもぼくでもない人に夢中になってもらわないとダメなんだ。
「だいたい」とジョーは続ける。「俺たちの婚約だって、レティを助けるための一時的な策なんだし、ミリアムが羨ましがるようなもんじゃないだろ?」
ジョーの鈍感め。これがレティを悪役令嬢にしちゃうのかな。なんとか阻止するためには、レティの気持ちに気づいてもらわなきゃ。かといって、わたしがレティはジョーが大好きなんだよと暴露するわけにはいかないし。とりあえずジャブかな。
「一時的な策だなんて淋しいよ。お似合いだと思うな。きっと幸せになれるよ」
これでどうだ。
「でもレティも同意見だ」
「いやいやいや」
それ、本気で言ってる? グーパンチをお見舞いするよ?
これは先が思いやられるなあ。
ミリアムがこっちを見て手をふっている。わたしも大きくふり返す。
「かわいいなあ。ウォルフだってあのかわいさを間近で見ていたら好きになっちゃうって」
「俺、けっこう間近で長い間見てきたけど、好きになってないぞ?」
ジョー、真顔。
「……そだね」
きっと君は鈍感だからだよ、と心の中だけで反論。いやむしろ、ジョーがミリアムを好きだったら大変なことになってたな。
とにかく誰がなんと言おうと、ウォルフガングを推して推して推しまくるぞ。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。帰宅のためにわたしたちは、植物園の門に向かって歩いた。馬車はその外に停まっているのだ。
なんとはなしに、レティ・ジョーの組とウォルフガング・ミリアム・わたしの組に分かれた。
他愛もない話をして。次回の約束をとりつけ。わたしはすごく満ち足りた気分。帰るのがもったいない。
アルがいない日々が心配だったけど、ウォルフのおかげで楽しく過ごせそうだ。
「ヴィーはけっこう動けるんだな」とウォルフ。「ボール、あまりやったことはなかったんだろう?」
うん、と答えながら、心の中だけでスポーツ全般任せなさいとガッツポーズ。
「もっと色々やりたいぐらいだよ」
今日まで知らなかったけど、ボールを蹴って競うサッカーに近いゲームや、籠に入れて得点を競うバスケのシュートみたいなゲームもあるらしい。聞いただけで、体がうずうずしちゃうよ。
でも今まで聞いたこともなかったっていうのは、意図的に情報を遮断されていたんだろうなあ。なにしろ『超絶過保護』の親だから。
それでも念のため。
「今度は別のゲームもやりたいね」
と言ってミリアムを伺う。けっこうボール遊びの楽しさに目覚めたのじゃないかと思うんだけど、どうだろう。
彼女はちょこっと首をかしげて(かわいい!)考えてから、
「ヴィーはとても楽しそうだったわね」
と言った。
「うん。それにミリアムが一緒にやってくれたからね」
「……ヴィーがそんなに楽しいなら。怪我さえしないでくれれば、やってもいい……のかしら?」
疑問形だったけど、これは許可がおりたんだよね?
「ありがと、ミリアム!」
繋いでいた手にきゅっと力を入れる。彼女は優しい笑みを浮かべた。
「次はもう少し軽いボールを用意する」
とウォルフ。
「うわあ、ありがとうウォルフガング!」
「おう。うちは商いしてるからな。子供の玩具なんかは特に、家族で試してから売るんだ。だから色々あるんぞ」
「うわあ、行ってみたいなぁ」
ウォルフはちらりとミリアムを見た。
「父様が許してくださったらね」
「よし、がんばって説得しないとだね」
門を出ると、三台並んだ馬車の横で馭者たちがなにやらカードゲームに興じていた。わたしたちの姿を見て慌てて立ち上がる。こっちはこっちで楽しんだのかな?
お別れを言い合って、それぞれの馬車に乗り込む。
ああ、本当に楽しかった! 帰りがたい。
馬車のステップに足をかけて、隣を見る。ジョーとレティはもう乗り込んだ後。反対側を見ると、ちょうどウォルフが同じ様な態勢だった。
「ウォルフガング!」
わたしの声に振り向く。大きく手を振った。
「今日はありがとう! 友達になってくれてほんと、嬉しい!」
ウォルフはびっくりしたのか、少しの間フリーズして、それから破顔した。
「オレも! 楽しかったぜ!」
二人で手を振り合って、馬車に入った。
ミリアムに
「大声ははしたないわ」
とたしなめられたけれど。それすらなんだかおかしくて。えへへと笑って彼女の手を握りしめた。
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