6・2  遊びの時間

「で、どうする? ボール?」

 とウォルフ。

「ぼくはボール。ジョーは?」

「いいけど」と彼は女子組を見た。「いいのか?」

 レティはミリアムを見たけど、ミリアムは口を固く結んでわたしをじっと見ている。やっぱりダメなのかな。


「わかった。ヴィーがするならわたしもするわ。レティ、ごめんなさい、暇になってしまうけど」

 度肝を抜かれた。

「えぇっ、何を言うのさ。きれいな手を怪我をしたら大変だよ」

「あら、ヴィーだってきれいな手だし、同じよ。あなたがするなら、わたしもするの」


 そうは言っても、わたしは運動が大好きだった前世を覚えているから、動けると思うんだ。でも彼女は本当にお嬢様として育てられている。ボールに触ったことがあるかすら怪しい。しかもスカートに編み上げブーツ姿だ。僕たちより断然動きにくい。

「ミリアムはダメだよ」

「いいじゃん」

 そう言ったのはウォルフだった。

「どうせここじゃ軽く投げ合うくらいしか出来ないし。広がろうぜ」

「レティは見ていて」

 とジョーは言って距離をとる。


 わたしが戸惑っているうちに、ウォルフはジョーに向かってボールを投げた。軽く、優しく。ジョーがとると、ボスッという音がした。

「ほらヴィー」

 ジョーも優しく投げてくれる。わたし、とる。どうしようかと思っているとウォルフが

「ヴィー!」

 と手をあげた。わたしが投げたのをウォルフは受けとると、ミリアムに近づいた。

「ほら、こうやって」と体の前で両腕でお椀のような形を作る。「ボールが来たら抱え込むんだぞ」

 そうして優しく、腕の中に放り入れた。

 ミリアムはすかさずボールを抱え込む。


「おお、うまいじゃん」

 ミリアムは嬉しそうな、でもそれを気づかれたくないような、そんな表情をしている。

「じゃあさ、ボール両手で持って。んで、こうやって」と投げる動作を見せる。「ひじと手首使って優しくな」

 ミリアムはウォルフに投げ返した。あまり飛ばなかったそれを、ウォルフはすかさず前に出て受け取った。


「うまい、うまい。たいしたことないだろ?」

 ミリアムはわたしをちらりと見る。

「ほんと、上手だよ、ミリアム。初めてなのにすごいじゃないか」

「そうかしら?」

 はにかんだ笑顔。ジョーも、うまいよと誉める。

「ていうか、ウォルフガング、教えるのうまいね」

「妹がいるからな」


 そうしてしばらくボールで遊んだ。次はレティが凧揚げをしたいと言うので、ジョーとウォルフの三人でやってもらい、わたしとミリアムは休憩することにした。


「ミリアム、腕は大丈夫?

疲れていない?」

「大丈夫よ。ありがとう」

「ね、ウォルフガングはいいヤツでしょ?」

 わたしだって予想以上のいいヤツっぷりにびっくりだ。正直なところ、『女の子は座っときな』って言うと思っていた。しかもあの懇切丁寧な教えっぷり。

 さすがに彼女も軟化したでしょうと思ったが、

「楽しかったわ」

 とだけ言った。

「ねえ、ヴィー」

「なんだい」

「本当はアンディに頼んで、ウォルフガングをここに呼び出したのでしょう?」

 ミリアムってば、鋭い。


「わたしが叩いたこととかを謝るために」

 彼女は優しい表情だ。怒っているわけじゃない。

「うん。嘘をついてごめん」

「いいえ。ヴィーが優しいのは知っているもの。あのままにはしておけなかったのよね」

「うん」

「あなたらしいわ」

 彼女はふふと上品に笑うと

「でもあなたに近づいてほしくないのは、変わらないわよ」

 と言った。がくり。


 凧揚げのあとはお茶の時間になった。各々がお茶とお菓子を持って来ていたので、ちょっとしたパーティーのような豪華さだった。

 驚いたのは、お茶用のお湯。わたしたちがピクニックをするときは、携帯用固形燃料を持参してお湯を沸かすのだけど。ウォルフガングは魔法で水を沸騰させたのだ。ブラン家では普通のことらしい。わたしたちの家では、その魔法が使える人がいても、必ず従者たちが沸かしてくれるのだけど。


 それを聞いたウォルフは首をすくめて

「非効率じゃないか?」

 と一言。彼の侍従がそっと

「格式の高いお家では当然のことなのですよ」

 と耳打ちしていた。

 でもこういうところが、魔法衰退の原因だよね、絶対。


 そのあとも魔法の話は続いて、ウォルフがこの四人の中では一番魔力が高く、頻繁に使っていることがわかった。ブラン家では燭台とか暖炉とかも、自分たちの魔法でつけることがあるんだって。ウォルフの従者が、商いをしてる一家だから効率重視なんだと説明していたが、驚いた。


 それから驚いた自分に驚いた。前世は普通のサラリーマン家庭の、普通の女の子だったのに。いつの間にか、なんでも使用人にやってもらうのが当たり前になっていた。すっかり貴族の子息になっているのだ。ちょっと反省。

 とはいえ、しょぼい修復魔法しか使えないわたしに出来ることなんて何もないけどさ。


 それから週末にあるフェルとエレノアさんの結婚式や、初めて聞く少年団の話に盛り上がった。ミリアムもちゃんとウォルフと会話をしていて、安堵した。




 お茶のあとは、もう少し時間があるからとボードゲームをすることになった。まずはミリアムとレティ、あと一人をどうするかというときに。ミリアムはちらりとわたしを見たものの何も言わず、レティは無言で目を伏せていた。


 レティてば、かわいくジョーにおねだりすればいいのに。

 普段だったらミリアムがジョーを誘うところだけど、そうすると、わたしがウォルフと一緒に外れ組になるのがイヤなのだろう。


 結局男子三人でじゃんけんをして、勝ったウォルフがボードゲーム。負けたジョーとわたしが凧揚げになった。

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