5・2  友達できたよ!

 わたしはアルの顔を見た。

「アンディのことはごめん。ぼくのワガママだ。今日から長旅だというのに、責任者である彼を連れまわしてしまった」

 彼は僅かに目を見張って、それから首を横にふった。

「ヴィーは悪くない。断らない大人が悪い」

 そうよ、とミリアムが同意する。

「かわいいヴィーを連れまわして、鼻の下伸ばして喜んでいる方が悪い!」

 レティはうなずき、ジョーは特に反応せずにわたしたちを見ている。


 なんだかごめんよ、アンディ。気のせいかもしれないけど、ミリアムの言い回しだと女児を連れ回す変態のように聞こえる。前世なら、社会的に抹殺されるべき犯罪だよね。


「それで街案内中に何かあったの?」

 救いの手! ジョー、ナイスアシスト。

「そうなんだ、偶然ウォルフガング・ブランに会ったんだよ」

 わたしの言葉にアルとレティは眉をひそめた。不愉快そう。

「それで仲直りしたんだ」

「『仲直り』」

 とアルが繰り返す。

「うん。ちゃんと話したら、あいつ、すごくいいヤツだったよ。それでさ、友達になったんだ」


「なにそれ」

 地を這うような声。アルってば、眉間に皺がよっている。あれ、君ってばそんな怖い顔ができたの? なんでそんなに怒るんだ。


「アンディが父様たちを説得したの」

「ええっ!」

 三人が声をそろえて叫び、ミリアムを見た。

「まさか公爵が許可したのか?」

「そのまさかよ。父様が折れたの。アンディのお墨付きなら、そう悪い子ではないのかもしれない。それに拒絶して、ヴィーがまた別の騒動を起こしてもいけないからって」

「嘘だろ、あの超絶過保護の公爵が」

 アル……。父様って、超絶過保護なのね。やっぱり。


「驚きだね」と、ジョー。「ま、確かにウォルフガングは悪いヤツではないよ。ブラン家は伯爵といってもやや格下だろう? でも貴族的な野心はないんだよね。商売で財をなすことに重きをおいてるみたいだ。実際に財力はかなりあるし、商売柄人脈もある。爵位は低くても余裕があるからだろうな、あいつ自身も、あんまりガツガツしてないし、胡麻擦ったり足引っ張ったりっていうのとは無縁なんだよ」


 さらっとジョー。わたし、記憶がある限りこの世界で、そんなイヤなやつに出会ったことはないんだけど。いるんだ、そんなちんけな悪役みたいな人たちが。わたしはやっぱり世間知らずなんだね。


「いやだ、ジョーまでなんてことを言うの。わたしはイヤよ。あんな乱暴な子。ヴィーに関わってほしくないわ」

 憤慨するミリアム。でも待って。ウォルフが乱暴なことをしたっけ? むしろミリアムのほうが平手打ちをかましたんじゃ……。


「目付きだって悪いし、失礼なことを言うし、とてもではないけれどわたしは受け入れられないわ」

「そうね、ミリアムがそう感じるならわたくしも反対」

 とレティ。

「ええぇ。アルも?」


 見るとアルは椅子の背に凭れて腕を組み、難しい顔をしている。

「ミリアムは嫌なんだろう? 今までヴィーは彼女が嫌がることはしなかったじゃないか。どうしたんだ?」

 まったくもって、その通りです。でも。わたしにも言い分はある。


「だってぼく、君たち以外にはお茶会に呼ばれないし、来てももらえない。出掛けられるのは、ここかジョーの屋敷ぐらい。つまらないよ」

 こっそりウェルトンと街に遊びに行くことは黙っておく。お願いだからジョー、今は口をつぐんでいて。

「ぼくだって、ミリアムが嫌なことはしたくない。だから会うのは公園、って約束したよ」


 わたしの計画では、まず屋敷の外でウォルフとの交流を深め、次にジョーにも加わってもらって、ウォルフがいいヤツだと理解してもらう。で、ジョーが認めればレティもきっと追随する。そうしたらみんなでミリアムを説得する。という流れだ。


 はああっとミリアムの深いため息。なぜかアルは片手で美しい額を押さえた。

「ヴィー。ミリアムに会わせなければいいという問題じゃない。彼女はそもそも、ウォルフガングが君に近づくのが嫌なんだ。悪影響を与えそうだから」

「そうなの?」

「そうよ。きのうも言ったわ。あなたったら浮かれちゃって、ちゃんと聞いてくれないのだものね」

 うぅ。確かにその通りかも。


「ごめんよ。でもアンディは安心して紹介できるやつだって言ってたよ。悪影響なんてないさ」

「アンディの言うことなんて信用出来ない!」ミリアム断言。「だって男じゃない !わたしたち女の子の気持ちがわからないのよ」


 あははっとジョーが声をあげて笑った。

「確かに! 女の子の気持ちがわかってたら、婚約者に逃げられなかったよな」

「そうだけどさあ。それとこれは違うよ

 」

 わたし、反論。


「その通り」とジョー。「俺はいいと思う。あいつとはよく話す。この前はバカやっちゃったけど、心配はないはずだ。アルはいなくなるし、俺だって毎日ヴィーと遊べるわけじゃない。ミリアムが不安になるのは分かるけど、ウォルフはバカじゃない。大丈夫だ」

 ジョー!味方になってくれた。

「ありがとう!」

「おうよ。ミリアムもよく考えてやって」


 ミリアムはわたしを見て、それからアルを見た。

「……どう思う?」

「……確かに僕はいなくなる。ジョーとアンディの言うことに納得もできる」

 そこまで普通に話したかと思ったら、突然、

「ああ、もう!」と叫ぶとアルは整えられた髪をぐしゃぐしゃと掻き回した「それでも僕は嫌だよ? ミリアムがかわいそうだし。でもヴィーのことを考えたら、今時点では最善策だよな。でも僕は嫌だ」


 嫌だを2回も言ったよ。アルってば、もともとウォルフと確執でもあるのかな?


「みんなの意見はわかったわ」とミリアム。「腹をくくる。父様は許したのだもの。わたしも我慢する。文句は言わない。ただし、約束をして。ウォルフに会うときは絶対にわたしかジョーが一緒じゃなきゃダメ」

 それは願ったりだ。


「約束する。むしろミリアムが一緒なら嬉しいよ。ありがとう」

「わかっていると思うけど、レティはダメよ」

「もちろん、わかってるよ」

「わたし、かわいいヴィーがあんな意地悪な男の子に嫌な思いをさせられないか、本当に心配なのよ」

 わたしは彼女を抱き締めた。

「ありがとう、ミリアム。他人が怖いのに、ぼくのために勇気を出してくれて」


「ヴィー」と、アル。「ちゃんとミリアムのことを気にかけてあげるんだよ」

「もちろんだよ。これでもぼくだって、頼りになる兄になりたいんだ」

 胸を張って宣言すると、なぜか微妙な空気になった。

「……ま、がんばれ。ヴィーには難しいと思うけど」

「ジョー、なんでだよ!」

「ヴィーはかわいいままでいいのよ」

 ミリアムが姉のような慈愛に満ちた笑顔を浮かべる。レティもうなずいている。


 待って。わたしの精神年齢はあなたたちよりななつも上なのよ? なんでこんな末っ子キャラみたいになってるの?

 だいたいゲームでヴィットーリオは冷静でクールなキャラだったはず。

 おかしいなぁ。


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