5・3  お別れ

「ジョー、ヴィー、ミリアム、レティ」

 アルはボクたちひとりひとりの名前を呼んで、顔を見回した。

「長い間、僕たちは一緒だった。僕の思い出には必ずみんながいる。楽しい十一年だったよ。辛いことがあっても、みんながいてくれたから思い詰めることがなかったんだ。感謝している。

 正直に告白するとあと一年、入学までを子供として無邪気に遊んで過ごしたかった。だけど自分自身の未来を見据えると、ペソアへ行くことが僕のやるべきことなんだ。

 君たちと離れるのは淋しい。けれど頑張ってくる。必ず僕はやり遂げる」


 真剣なアルの顔。急に不安が込み上げてくる。

「勉強のために留学するんだよね?」

 彼の言葉には『勉強』も『留学』も入っていない。

「もちろん」アルはキラッキラの笑顔をわたしに向けた。「ペソアの学校でしっかり魔法を学んでくるよ。あちらの方が大国だ。こちらとは違う何かがあるだろうからね。楽しみにしてるんだ」


 ペソアの魔法学校は十四からの入学で、四年間。シュシュノンが十五歳からの三年間。アルは自国の学校にフルで通うために、今から留学をするのだ。


「みんなは」とアルは再び一同の顔を見回す。「応援してて。僕の留学がうまくいくように」

「お前なら大丈夫」

 と力強くジョー。

「ええ、お兄様ならうまくいきます」

 とレティ。

「うまくいかなかったら、恥ずかしくて帰国できないわね」

「ミリアム!」

 彼女、こんな言い回しする子だったっけ?

「ツンデレすぎるよ!」

 あ、まだデレはないか。

「ヴィー、つんでれってなにかしら?」

「とにかく。ぼくは応援してるよ。一年もアルに会えないのは淋しいけど、きっと、一回りも二回りも素敵な王子になって帰ってくるって信じている」

 言いながら、目の奥がつんとしてきた。


 アルとはずっと親友だったんだ。一緒に遊んで時々は勉強して。悩みを相談しあい、時にはいたずらをして侍従たちを困らせたり。

 当たり前だったそれらが明日からないなんて。


 でもアルは死んじゃうわけじゃない。わたしみたいに。一年がまんすれば、また昨日までと同じように過ごせるんだ。


「ぼくもアルのいない間に素敵かっこいい男になっているからね。楽しみにしてて」

「……それはどうかしら」

 かっこよく決めたつもりが、ミリアムの突っ込みが入る。

「もう、ミリアムったら! ぼくだって努力してるよ」

「筋トレでしょ。ヴィーったら引き締まっちゃって、ますます細くなってるじゃない」

「……気づいてたの」


 当たり前でしょ、とミリアムが笑う。みんなも笑う。まあいいか。


「ねえ、アル」

「なんだい」

「ペソアでは悪い女に騙されないでね」

 ぶっ、とジョーが吹き出し、アルは目を見開いてフリーズしている。わたしは慌ててつけたす。

「ヘンな夢を見たんだ。もちろん何もないだろうけどさ、気になっちゃってさ」

「心配性ね」

 レティもくすくす笑っている。

 こればかりは笑い事ではないけれど、本当のことは言えないので仕方ない。


 侍従が時間が来たことを告げる。アルが立ち上がり、わたしたちも倣う。ジョーが『元気でな』と言いながらハグをした。次にレティが、気をつけてね、とハグ。

 あれ、もしやこれはまずいのでは。わたし、男の子に抱きついたことなんてないよ! まずいよ!

 ミリアムも、しっかりね、とハグ。うわあ、わたしだ!

「ま、待ってるよ」

 裏返り気味な声でなんとか言って、軽くハグ。

 やりました。がんばりましたよ、わたし。心臓バクバクで壊れそう。顔、平気かな?


「ヴィーったら、泣かないで」

 アルはもう一度わたしをハグした。勘違いしてくれてよかったけど。

 キラッキラの王子様だよ? 昔大好きだったキャラだよ? もう、破壊力抜群。わたし鼻血出そうだよ。

 でも、これでお別れ。ふんばれ。


 なんとか冷静を装ってアルを見ると、にっこりと笑みを返された。それから彼はわたしたちを順番に見た。

 これから彼は議会に挨拶だ。ジョーとわたしたち双子はここでお別れ。庭で出立の見送りはするけれど、言葉を交わす機会はない。


「それじゃ、行ってきます」


 今度こそ本当に涙が目に浮かんだ。ダメだ、男だろ、ヴィー。

 わたしは最高の笑顔を浮かべた。


「行ってらっしゃい!」


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