5 ・1 旅立ちの日

 ついにアルとアンディが旅立つ日になり、わたしたちは王宮にお別れをしに来ていた。到着したのは出発よりだいぶ前の時刻だったけれど、すでに庭にはアンディ用の馬車、侍従侍女用の馬車、荷馬車5台が並んでいて、その周りでは沢山の人たちが忙しそうに動いていた。


 アルの私室に向かう途中、アンディに会った。ちょうど打ち合わせが途切れたところのようだったので、廊下の隅にちょいちょいと呼びよせた。


「きのうはありがとう」

 アンディは騎士団の正装でばっちり決めている。小隊長になってからの正装を見るのは初めて。この5年弱で彼のイケメンぶりに耐性はできてるのだけど、今日ばかりは目眩がしそうなかっこよさだ。悔しいから態度にはださないけどね。


 きのうはアンディの説得で、ウォルフと友達付き合いする許可が家族から得られたのだ。もう頭が上がらないよ。

 でも大事なことをひとつ、聞き忘れていた。


「あのさ、恥ずかしい薬ってなに?」

 盛大なため息が降ってきた。

「お前の無神経さが時々心配になるぞ」


 と言いつつも、アンディは教えてくれた。痔の薬だそうだ。

 馬での長旅の後に隊員たちに必要となるだろうから、とたくさん買ったらしい。

「俺は違うぞ」

 と力説していたけど、どうだろう?


 でもこの旅は一月近くかかるそうだ。そんなに長期間、馬に跨がって旅するなんて、ぞっとする。前世の世界って便利だったなぁ。

 そうだ、ドーナツクッションを誰かに作ってもらって、送ってあげよう。


 アンディと別れると、距離を置いて待っていてくれたミリアムが手を繋いできた。

「ミリアムは話さなくていいのかい?」

 きっとアンディと次に言葉を交わせるのは一年後だ。

「わたしは昨日お別れしたもの」

 優しい笑み。なんてかわいいのだ!アンディめ、後悔しても遅いぞ。ウォルフだってこの微笑みをみたら土下座して友達になって下さいと頼むにちがいない!

「さ、ヴィー。行きましょう」



 侍従の案内でアルの私室に入ると、彼のほかレティ、ジョーがすでにいた。アルも王子としての正装だ。出立の前にまずは議会に挨拶、次に護衛の騎士団に挨拶、王宮を出た後は街中を一周して国民に車中から挨拶、と聞いている。

 だから正装で、普段比十割増しのキラッキラの王子様となっているのだ。アルのイケメンぶりにもだいぶ慣れてきたけど、やっぱり今日は目眩がしそう。


 ひと通り挨拶を終え、長椅子にミリアムと並んで腰かける。向かいに座るレティとジョーの間が微妙な距離だ。以前より近い。でも半人分くらいの隙間がある。

 なんだろう、十四歳らしい婚約者の距離、ってとこなのかな。


「アンディと何を話していたんだ?」

 とジョー。先ほどわたし達が廊下で話していたのを見かけたらしい。彼は礼服だけど、そこまで豪奢ではない。

「昨日のお礼」

 わたしの答えにミリアムがわざとらしくため息をついた。彼女はまだ不満なのだ。


「きのうさ、アンディに街案内をしてもらったんだけど……」

「昨日? 今日が出立なのに?」珍しく、アルがわたしの言葉を遮る。すごくびっくりしている。「ゆっくり身体を休める日だろう?」

 えーと。

「いや」とジョー「大事な恋人たちと過ごすよね」

 あー。それはわたしも考えたよ。一応、確認もしたよ?

 ていうか『たち』って。あの遊びめ人、何人と付き合っているんだ。


「アンディは最近甘すぎるのよ」

 ミリアムがかわいい口を尖らせる。

「なんでもかんでもヴィーの味方をするの。ひどいのよ」

「ミリアム、怒らないで。ちゃんと話せばいいヤツってわかるから」

アル、ジョー、レティは話がわからずに、きょとんとしている。


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