4・幕間 騎士の秘密 1

(アンディのお話)


 ガラガラと固い車輪の音を立てて走る馬車の中。小さな窓から外をなんとはなしに見る。何百回と見てきたこの光景も、しばらく見られなくなる。もう少し惜別の感情が湧くかと思っていたが、そうでもない。他に気がかりなことがあるからなのか、それとも疲れ過ぎているからなのか。


 鼻をすする音に視線を向かいに座る親友に向けてみれば――

「泣いているのか?」

 ほの暗い室内でもわかるほどに、フェルディナンドが目を赤くしている。

「そんなわけ、ないだろう」

 強がりを言ってそっぽを向く。


 仕事を終えて王宮から帰る馬車。この中は、従者もいない二人きりの空間だ。普段の生活ではその気にならないと、なかなか二人きりになることはない。だからこの時間は、他人に聞かれたくない話をするにはちょうどよいのだが。

 人目がないのが逆に彼の感傷を高ぶらせたのかもしれない。


 フェルディナンドは深く息を吐いた。

「お前が騎士団に入団したときに覚悟はしたのだがな。いざとなるとダメだな」

「一年程度で何を言ってるんだ」

 情け深い親友に苦笑する。

「同じ一年だって、地方への転属ならここまで心配はしない」


 明後日から、ペソアに留学するアルベール殿下を警護するため、共に赴く。警護の責任者小隊隊長として、更には王子留学の全責任者として。殿下に帯同するのは、警護の小隊を除けば、侍従侍女二人ずつのみだ。殿下になにかあれば、その責任はすべて俺にかかる。

 重責だけれど、長い付き合いのあるアルベール殿下を支える任務には嬉しさもある。


 シュシュノンの責任者として、ペソアの歴史、文化、重要人物、その人間関係を徹底的に教えこまれたこの数週間は、さすがの俺でも倒れるかと思うほどの忙しさで参ったけれど。


「陛下だってお前の能力をご存知なのに」

「だからこそ、だろう」


 何度となく繰り返したやり取り。

 親友は俺の人生最低の時期を知っているから、心配してくれるのだ。

 俺には家族の他は数人にしか明かしていない、秘密がある。

 他人の感情がわかるのだ。


 対面しているかそばにいる人間が、どう思っているか、どう感じているかがすべて俺の中に流れ込む。防ぐ手だてはない。


 どうやらこれは、ブルトン家の血筋らしい。何世代かにひとり、この能力をもった人間が生まれるそうだ。

 はるか昔に、ブルトン家が呪いまじない魔法を得意としていたことに由来しているらしい。呪いの中でも特に人心を操る魔法の専門で、どうやらその基本となるのが人の心を読む魔法だった。


 今じゃ呪い魔法なんて途絶えている。魔法の衰退と共に魔力も衰えている現在の人間で、呪い魔法なんて強大な魔法を使える者はいない。いたとしても、死と引き換えの覚悟が必要だろう。


 だというのに、どうしてか人の心を読む力だけが、脈々とうちの血筋に流れている。もはや自分でコントロールできないのだから、魔法ですらない。ただの面倒な体質だ。多少は他の人間より魔力が強いという恩恵はあるけれど、魔法を使う機会自体があまりないので、あまり利点にもならない。


 人の心を読むといっても、昔のように思考まで一字一句わかるわけではなく、大まかな感情がわかるだけ。

 たとえば口ではアンディ大好きと言い、顔は笑顔、でも心の中には俺を嫌う気持ちがあるのがわかる、という感じだ。

 それでも人の裏表がわかってしまうことには変わりない。


 生まれ落ちたときからの能力だから、幼い頃は誰もがこの能力を持っているのだと思っていた。家族がこれに気づいたのが、俺が五歳のとき。俺が他の人間にはこの力がないと理解できたのが六歳。

 能力による地獄を知ったのが、七歳だった。


 騎士団付属の少年団は七歳になると入ることができる。当時父親が騎士団の副団長だった俺は当然のように入団したのだが。

 やはりそれまでの俺は家族に守られた子供だったのだ。他人の本音の感情に、戸惑いを感じることはあったけれど、慣れもあって辛く思うほどではなかった。

 少年団に入れば、団員、指南役の騎士と多くの人間がいる。それまで俺の周囲にいた人間とまったく違う生まれ、思考の人間たち。


 表と違う本音。容赦ない悪意。


 今までとは違う圧倒的なそれに、俺の精神はすぐに悲鳴をあげた。

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