4・4  友達になって!

「そうだ、ウォルフガング。ぼくと友達になってくれないかな。お茶会も新しい友達がほしくて参加したんだ」

「俺からも頼む。ちょっとばかし状況がややこしいヤツだけど、普通の十四歳男子と変わらない」

 またウォルフの視線がわたしとアンディの間を往復した。


「俺でいいんなら」

「やった!」わたしはウォルフの両手を取って握りしめた。「ありがとう! よろしくね!」

 すごい。ついに念願かなって新しい友達ができた!

「あぁ。えっと、ブルトン小隊長?」

「なんだ?」

「双子はすごく大切に守られてるって聞いてますけど、やっちゃまずいことってありますか?」

「ないよ!」

 意気込んでわたしが答えると、アンディはわたしの肩に手を置いて言った。 


「守られてるのは確かだけれど、こいつはそれを望んでいないからな。変な気はまわさなくていい。だけど親友の家族だし、俺の弟のようなもんだ。過保護なせいで世間知らずなところもある。お前なら任せられると見込んでのことだ。よろしく頼むよ」

 ウォルフは頷いた。


 うちの家族が信頼しているアンディ。そのアンディが信頼しているウォルフガング。ってことは彼、素晴らしい人物じゃないのかな? 引きがいいのはわたしの方だ。


 遠回りしたけど当初の目的、『お茶会で友達ゲット!』は達成できた。しかもミリアムの相手としてもお勧めできそう。ウォルフにはまだ婚約者がいないのは確認済みだ。


「ついでにミリアムもよろしく」

「お、おおう」

 ウォルフ、一瞬目が泳ぐ。そりゃ、あの剣幕の彼女しか知らないもんね。


「本当に普段は落ち着いていて優しい女の子なんだ。話はおもしろいし機転もきく、一緒にいて絶対に楽しいから! 刺繍だってダンスだって上手だし。もちろん美人だし。あんなに素敵な子は他にいないよ」

「そ、そうか」

 あれ、若干引かれている?


「妹の婿探しもしたいんだってさ」

 頭上から呆れ声が降ってくる。

「それは無視していいから」

「なんで! 一番重要なことなんだよ!」

 アンディははいはい、といなす。


「それよりいい加減、手を離してやったら? 困ってるぞ」

 忘れてた。興奮してウォルフの手を握りしめたままだった。

「ごめん、痛かった?」

「いや全然」

 離した手をみれば、わたしのが女の子みたいに華奢なのに対して、彼のはしっかりしていて丈夫そう。男の子の手だなあと思い。途端にうろたえ、顔が熱くなった。


 わたし、男の子の手を握るなんて生まれて初めてだよ! なんて大胆なことをしちゃったんだ!

 前世のわたしに彼氏がいたことなんてない。体育でマイムマイムを踊ったときでさえ男女別にやったのだ。

 うわあ、なにナチュラルに握ってるんだ!


 恥ずかしさに悶死しそうになっていると。

「どうした?」

 アンディの問いかけに彼の顔を見上げて、ふっ、と冷静になった。“わたし”はたしかに男の子の手なんて触ったことはなかったけれど、今は“ヴィー”なんだ。男の子が男の子の手を握ったって、なにもおかしいことはない。


 ヴィーの手があまりに華奢だから、混乱してしまったのだ。


「……ぼくの手、やっぱり男子っぽくない」

 わたしの言葉にアンディは、驚くほど真剣な顔をして、それからまた頭をわしゃわしゃした。


「仕方ない、そういう遺伝なんだろう。フェルだって昔はそうだった。あそこまでの身体をつくるのに、相当な鍛練を重ねたんだ。お前はフェルより更に筋肉が付きにくそうな身体だからな」

 そっか。

「もっと早くに筋トレを始めればよかった」

「いいじゃん、別に」

 と言ったのはウォルフで。


「酷いことを言った俺が言うのはおかしいけど、全然変じゃないぜ。華奢なのは確かだけど、そんな男はたくさんいる。なまじ顔がきれいすぎるから、気になるんじゃないか?」

「……そうかな?」

 そうそう、と二人とも頷く。

 しばらく前から体型のことが気になっていたとはいえ、ミリアムのドレスを着て鏡を見るまでは、そこまで思いつめてはいなかった。


 顔も体型も、ゲームの攻略対象として仕方ないことなのかな。


「ありがとう。気にしないようにするよ。筋トレは続けるけど」

「続けるんだ」

 と、二人が苦笑する。

「アンディが帰ってくるころにはムキムキになってるかもよ」

「そりゃ恐ろしい」

 実のところ、ここひとつきの筋トレで余計な脂肪が落ちたのか、ますますウエストが細くなってしまったのだけど、それは黙っておく。


 それからわたしたちは、口裏合わせの打ち合わせをした。偶然出会って仲直りをした、ということにするために。

 来週もここで会う約束をして、ウォルフと別れた。




 アンディとふたり、馬に揺られて、次の目的地に向かう。

 今日の外出の口実は、『アンディがいつか連れていくと約束していたご飯屋さんと雑貨店に連れて行って。だって一年もいないんでしょ?』とわたしがねだったから、なのだ。


「ありがとね、アンディ。こんな日にぼくに付き合ってくれて。おかげで友達ができたよ。ウォルフガングはいいやつみたいだし、すごく嬉しいよ」

「安心して紹介できるヤツだと知っていたからな。お前が知り合いたいと望むなら、一肌ぐらい脱ぐさ」

「……アンディって頼りになるね」

「今頃わかったのか」

「ほんと、女遊びさえなければミリアムの結婚相手に推すのに」


 げほ、ごほとアンディがむせる。わたしは首をめぐらせて後ろの彼を見上げると、なんともいえない、げっそりした顔をしていた。

「やめてくれ、間に合っている。俺は七つも下の子供を妻にして喜ぶ変態じゃない」

 まあ前世で言ったら、大学三年生が中二と付き合うってことだもんね。そう考えるとちょっと、いやかなりひくな……。


「でもさあ、大人になっちゃえば七つ差なんてたいしたことはないんじゃないかな。まあ不誠実なとこですべて台無しだから、ミリアムはあげられないけどさ」

「……そいつは助かった」

 心底ほっとした声だ。むう。ミリアムは確かにまだ子供だけど、学園を卒業するころにはとんでもない美女になってるよ。後悔するなよ!


「ペソアでは慎むんだよ。シュシュノンのイメージが悪くなったら困る」

「わかってる。問題を起こしたら切り落とすと陛下に言われてる」

「切り落とす!? どこを?」

「首以外どこがあるんだ?」

 あ、首ね。いやだ。

 後ろからくっくっと笑う声がする。コノヤロウ。わざとだな。いたいけな乙女をからかいやがって。まあ、外見は少年だけどさ。


 うーん。中身がわたしだから男の子っぽく育たないとかあるのだろうか。

 とりあえず、

「やっぱりさ、見た目がいけないのかな?」

「なんの話だ?」

「この髪。こんなに長いから、ウォルフにも女なんて言われたんじゃないかな」

 そう、わたしの銀髪は腰まであって、普段はひとつにしばってある。今日はかつらに隠すのがすごく大変だった。


「ジョーくらいまで切れば、男っぽく見えるかも」

 ジョーは貴族の子弟には珍しく、耳もうなじも見えるショートヘアーだ。

「ミリアムが納得するとは思えないぞ」


 そうなんだよね。この髪の長さは彼女とのお揃いなのだ。もちろん、彼女の希望で。せめて肩のラインまで切りたいのだけど、それすら泣かれてしまって実現していない。美しい銀髪を大切にしてほしい、と。

 フェルも肩甲骨が隠れるくらいの長髪だしね。


「あんまり外見を気にするな。人間中身だ」

 うーん。彫刻のような美男に言われてもなぁ。いまいち説得力がないよね。でもまあ、ウォルフにも変じゃないと言われたしな。

「うん、ちゃんとミリアムが納得するまで待つよ」

 それがいい、とアンディ。

 それに学園に入るころには肩まで切れるはずだ。だってゲームで見たヴィットーリオはその長さだったからね。


「あと一年か」

 思わず声に出せば、

「一年後にはお前が学生か。早いものだな。ついこの前までオムツをしていたのに」

 アンディの言葉に吹き出す。

「なにそれ。親戚のおばちゃんみたい」

 こんな男前がオムツだって!

 笑いが止まらなくなっていたら。げんこつが降ってきた。


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