4・3 いいヤツじゃん!

「うん。謝ってくれてありがとう。ぼくこそ、失礼なことを言ってごめんなさい」

 わたしも頭を下げた。再び顔を上げて。

「ミリアムが叩いたこと、無理に謝らせたこと、アルベール殿下まで君を詰ってしまったこと、君たち姉弟に恥をかかせてしまったこと。すべてぼくがわわがままを言ったせいです。ごめんなさい」

 そうして今度は先ほどより深く頭を下げる。


「……ああ。もういいよ。顔を見せろ」

 優しい声音だった。頭をあげると、ウォルフは困ったような顔で頬を掻いていた。


「大騒ぎにはなっちまったけど、お前が悪いヤツじゃないのはあのときにわかったかから」

 座ろう、と彼が言ったので、二人で並んで座った。ついでにアンディの姿を確認すると、先ほどと同じ姿勢のまま腕を組んでそっぽを向いている。

「ちゃんと謝ってくれて、姉貴のことも気遣ってくれた。あれがなかったら最悪だった」

「そっか」

 ウォルフの表情に嘘偽りはなさそうだ。ほっとする。


「その後、どうかな。ご両親とかに必要以上に怒られたり、まずい立場になってないかい?それが心配で直接会いたかったんだ」

 彼はははっと笑った。

「まあ、むちゃくちゃ怒られはしたな。罰として、今週の売上倍増を命じられているから」

「ええっ! なにそれ、大丈夫なの?」

 商売を営んでいるブラン家では、ウォルフも毎週売り上げのノルマが決められているそうだ。


「達成できなかったら、少年団退団って言われてたんだけどな。大丈夫、さっきブルトン小隊長が高価な薬を大量購入してくれたので、達成した」

 アンディを見る。もしかして全部わかった上で、呼び出す口実に恥ずかしい薬とやらを買うことにしてくれたのかな。


 これでほんと、女癖が悪くなければミリアムに推すのに!


「アルベール殿下が怒ったときはさすがにヤバイと思ったけどな。その後、俺にも家にも咎めはない。だから立場も大丈夫」

「アルだって普段はすごく穏やかでいいヤツなんだ。ただぼくたち双子はお茶会が初めてだったからさ。みんな過剰に心配してくれてたんだよ」

「穏やかでいいヤツ?」

 なぜかウォルフは首を捻る。


「そうだよ。私憤で何かするようなヤツじゃないんだけどさ。今回はちょっと冷静さを欠いているようだったから不安だったんだ」

 ふうん、とウォルフは頷いた。それから何か考えているそぶりを見せたかと思うと、ちらりとアンディを見た。


「実は、さ。シュタイン家の双子には近づかないように厳命されてたんだ。うちの親から」

「えっ、なんで? やっぱり父様が手を回していたのかな?」

 違う違う、と彼は手を振った。 


「お前たち、なんていうか、有名なんだよ。色々……繊細なんだろ? だからお茶会とか年中行事とかに出ないって」

 わたしは頷く。

「ミリアムがね。知らない人が怖いみたいなんだ。ぼくたち有名なんだ」

 ちょっと恥ずかしい。 


「そりゃ、名門一家の子供だしな。名前ばかり有名で実物を見たことがない、幻みたいな存在?」

「ありがとう、幻って言ってくれて。珍獣って言われるのかと思った」

 ウォルフはぷっと吹き出した。

「お前、おもしろいな。もっと神経質で暗いやつらなんだと思ってたぜ」

「えー、普通だよ。ミリアムがちょっと人見知りで、家族が過保護なだけ。彼女ってほら、飛び抜けた美人だろ? 余計に心配なんだろうね、大切に守ってるんだよ」

 ウォルフはまたアンディをちらりと見た。なんでだろう? 彼がミリアムみたいに急に怒らないか心配なのかな。


「俺みたいな粗忽者がさ、宰相閣下が大事にされているお子さまたちに、うっかり暴言吐いたらまずいだろ? だから近づくなって命じられてたわけ。まんまとやっちまったわけだけど」

「あはは、逆にすごいね! 引きが強いんじゃない?」

「引き?」

「運を引き寄せる、引き」

「いや、だったらもっと良い引きがいい」

「本当だ」

 二人で笑っていると、アンディがやってきてわたしの頭をわしゃわしゃした。 



「楽しそうだな」

「うん!」

「解決したか」

「うん!」

「そりゃよかった。ウォルフガングもありがとな」

 ウォルフは、いえそんな、と答えながら、目が忙しくわたしとアンディの間を往復している。


「アンディはぼくの兄、フェルディナンドの親友なんだ。それに再来週にはアンディの妹がフェルと結婚するしね」

「知ってる」

「だからアンディは第二の兄的な感じ?」

「その割には尊敬されてる気がしないな」

 またわしゃわしゃ。

「そんなことないよー」

「棒読みじゃないか。ま、これで俺も心置きなく旅立てる」

 その言葉に急に淋しさが込み上げる。けど同時にきのうの約束を思い出した。



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