3・3 レティとジョーの婚約

「んー、おとつい?」

「えっ、一昨日!?」


 それまた急展開すぎじゃないの?

 ミリアムもおしとやかに口を開いた押さえながら、まぁまぁと驚いている。

 だいたいレティからはずっと、ジョーが好きで好きでしょうがない気持ちが駄々漏れだったけれど、ジョーのほうは気づいてないし、その気もなさそうだった。両家の間でそういった話が出ているとも聞いてない。


 レティはと見ると、頬を染めたまま目を伏せている。あら、かわいらしい。


「その前の日にさ、フェルとアンディから聞いたんだよ。レティが婚約をしなければいけなくなったって」ジョーは淡々としている。「で、俺が立候補したわけ」


「ええっっ!! ジョーから!?」

 思わずレティとハモってしまう。だって本当にそんな様子はまったくなかったんだよ。

「んー。だってレティに腹が立ったから?」


 腹が立った? どういうこと? なんで疑問形?

 レティが目をあげた。目尻がほんのりと赤くなっている。

「わたくしは王位継承権が二番目でしょう。わたくしの夫になるということは、女王の夫になる可能性があるの。ここまではみなさん既知のことですわよね」


 そう、シュシュノン王国は女性も王位を継げる。アルに万が一のことがあれば、次の王になるのはレティなのだ。

 そこまでは周知の事実だったけれど、そのあとに彼女の続けた話は、まったくの初耳だった。


 王位継承権第二位で、しかも女であることから、彼女の伴侶となる者に関しては多くの条件が課せられているそうだ。


 野心のためにアルベール王子に害をなそうとしない。

 レティが王位についたときに彼女を傀儡にしない。

 女王の夫は要職につくことができないことに得心する。すでにその地位にあった場合、すみやかに辞職する。

 女王の夫になった場合、実家の爵位は継げない。またその場合を考慮して、男子が一人しかいない家の子息は伴侶として適任ではない。

 また実家に政治力、財力がありすぎるのも相応しくない。家族に野心家がいるのも不適切。


 このすべてを考慮して相応しいと思われる結婚相手のリストなるものが存在し、それは毎年更新されているのだそうだ。


 だからレティは恋心をジョーに打ち明けなかったのか。そう気づいて切なくなった。

 彼女の好意は見てわかるものだったけれど、けっしてわたしにもミリアムにも打ち明けることはなかったのだ。


 リストが毎年作られていても、実際に婚約が決まるのはかなり先になるとレティは考えていたそうだ。なぜなら兄より先に妹の婚約が決まることはないと、本人も周囲も思っていたからだ。

 ところが王子が留学することになり、状況が変わった。ペソアは勿論安全な国だ。けれど国王の威光が届かない外国で万が一のことが王子にあったら、どうなるか、と。


 女王になるかもしれない王女。その夫に相応しい者との婚約。

 女王になる王女。その夫に相応しい者との婚約。


 どちらのタイミングがよいのかと、宮廷の高官の意見は割れた。起こるかもわからないことを元にした議論。めちゃくちゃくだらない。腹が立つ。けれどレティが言うには、昔、高官たちが不安になるような事件が起こったのだそうだ。

 その長い議論に決着がついたのが四日前。第一王女は早急に婚約をすることが決まった。


 そうして彼女はリストの一番目の人物を選んだ。


「どうして相談してくれなかったの?」

 ミリアムの言葉にレティは困ったような顔をし、ジョーは盛大なため息をついた。

「レティはね、王位継承権第二位の王女の義務だと思って、疑っていなかったんだ。俺も今の話をフェルたちから聞いて驚いた。すぐにレティに確認に行ったら、当たり前のように説明されて」

 彼は思い出したのか、苦々しい表情をした。

「アホかって思った。高官たちを安心させるために、自分に合うか合わないかさえ考えずに相手を決めているんだ」


「そんなにひどい相手だったのかい?」

「いいや。さっきの条件に合うわけだから、いいやつだ。けど、彼女と馬が合うかは別の話だ。俺たちの仲間としてもね」

 ミリアムが力一杯うなずく。

「そこは重要よ、レティ」

「それでリストを見せてもらったら、俺の名前もあったんだ。十二番目だったけどな」

「低っ!」

「父上が財務大臣なのがマイナス点なんだそうだ。反対にアルと親友ってとこが大幅プラス」

「なるほど」

「俺がリスト入りしてるなら、なんで俺にしないのかって腹が立ってさ」


 おや? これはジョーもラブだよってこと?


「野心なんてないし、友達だろ? レティが困ることなんてしないし、むしろ助け合える。信用だってできる」

 あれ? これは友情からなの?

 ミリアムを見ると、彼女もちょうどわたしを見たところだった。お互い考えていることは一緒みたいだ。

「で、まあ、最終的に、彼女も俺でもいいと納得したので婚約した」


 うーん、ジョー。残念なジョー君よ。きみは全く気づいていないようだけど、確実に『俺でもいい』ではないのだよ。

 はにかんだ顔をうつむけて、レティはもじもじしている。そのかわいさの理由を考えてみなよ!


「経緯はわかったよ。確かに腹立つポイントもあったけれど、最高の形におさまったんじゃないかな。レティ、ジョー、おめでとう」


 フラグは立った。けれど二人には絶対に幸せになってもらう。いまいちジョーに不安が残るけれど、結婚してでもレティを助けてあげたいと思ったのだ。彼女を大切に思う気持ちは強いはず。

 主人公には絶対に邪魔をさせないからね。



 しばらくの間、レティとジョーを質問攻めにした。そしてふと気づく。今日の目的、忘れてるよ!


「あ、あのさ。話が戻るけど、庭園を散策しよう」

 途端にミリアムの顔が強ばった。

「散策だけならいいわ」

「……ねえ、ミリアム。レティは素敵な婚約者ができたんだよ。君も、素敵男子と知り合いたいと思わない?」

「ヴィー以上に素敵な人なんていないわ。あら、それともヴィーが素敵な女の子と知り合いたいのかしら?」

「そうじゃないよ」

 わたしは首を横に振った。

「ぼくは友達がほしい。色んな人と話をしてみたい。どうしてもミリアムが嫌というなら、ひとりで行ってきてもいいかな? 本当は君のそばを離れたくはないのだけど」

「……ごめんなさい。嫌よ。隣にいてほしいわ」


 どうすればいい? 強行手段をとればいいの? でもそれは、彼女を傷つけるよね。




 すいっとジョーが立ち上がった。

「ヴィー。俺と一緒に庭園を回ろう」

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