3・4 友達がほしい

 びっくりしてジョーを見上げる。


「ミリアム。君が不安なのは、よく分かる。だけどヴィーの気持ちも考えないと。もう俺たちは十四なんだ」


 彼女はなにかを言おうと口を開いた。けれど言葉は出なかった。不安そうな眼差しをわたしに向ける。

 わたしはミリアムが大好きで、いつだって彼女を守りたいと思っている。だけどこのままでは彼女のためにもわたしのためにも、よくない。


「ミリアム。ちょっとだけ行ってくる」

 わたしは立ち上がる。

 ジョーは近くに控えていた侍女を呼び、新しいお茶をいれてあげてと指示をした。

「温かいお茶を飲んで、気持ちを落ち着けるといい。大丈夫、心配ない。シュタイン公爵には俺が連れ出したと話していい」

 彼は行こう、とわたしを促した。ミリアムは、まだ不安そうだったけれど何も言わなかった。

「なるべく早く戻るよ」

 わたしは彼女の額にキスを落とした。



 目の端でレティがミリアムの手を握るのを見ながら、テーブルを離れた。

 声が届かないところまで歩くと、ジョーに感謝を伝える。彼は少しだけ逡巡してから

「俺もこれが正解かはわからない」と言った。


「正解?」

「ミリアムの不安はよくわかる。公爵たちの気持ちも。本当は俺も、お前たちがこのお茶会に参加することを反対していた」

「そうなの?」

 そうだ、と彼はうなずく。


「みんな不安なんだ」

「ジョーもレティもアルも、ミリアムを心配してくれてありがとう。兄として、本当に嬉しいし心強い」

「……けれどお前はどうしてもお茶会に行きたいと言う。今回はみんなの妥協点なんだ」

 そうだったんだ。


「ぼくのことも考えてくれてありがとう」

「それでも。気づいていると思うが、お前たちに他所のやつらを近づけない予定だった」

 うん、その配慮、びんびんに感じてたよ。


「それがどうして?」

 ジョーは黒髪を乱暴に掻いた。

「アンディに怒られた」

「え、アンディ?」

「いくら守りたいからといって、それでヴィーが辛い思いをしているなら、やり方を間違えているって」


 アンディ。なんていいヤツ。以前打ち明けた悩みを聞き流さず、ちゃんと考えてくれたんだ。


「ぼくだってミリアムを守りたいよ。でもだからこそ、小さな世界でぬくぬく気持ちよく過ごしているだけではいけないと思う」

 そうなんだろうな、とジョーはうなずいた。そして爆弾を落とした。

「屋敷を抜け出して、街に出ているんだって?」

「なんで知ってるの?」

 まさかウェルトンが?

 実はここ一年ほど、ウェルトンだけを連れてこっそり街歩きをしているのだ。だって世界を広げたいじゃない!


「ウェルトンじゃない。彼はヴィーに甘い。お前やウェルトンの変装なんて、プロの目は誤魔化せないんだよ。騎士団は街の警備もしているんだ」

「アンディか!」

「知ってて知らないふりをしてくれてたんだ。あいつだって心配だろうし、フェルの親友っていう立場もある。それでもなお、お前の意志を尊重している。考えさせられたよ」


 そうか。アンディにはとっくにバレていたのか。それをフェルに黙り、わたしを咎めもしなかったなんて。


「まったく、かっこいいよ」とジョー。「女遊びさえなければ最高なのに」

「だね」


 アンディよ。これが世間の評価だ。ちょっとは慎みな!


「それで、どっち?」

「どっち?」

「話してみたいのは、男? それとも女の子?」

 その言葉に、急に心臓がバクバク言い出した。ついに今日の最重要案件に取りかかれるのだ!


 ミリアムに合う素敵男子。

 わたしの友達。

 女の子もいい。ふわふわかわいいお嬢さんたちと、スイーツの話や人気のイケメンについてキャッキャと盛り上がるのは捨てがたい。仲間に入れてくれればだけど。

 けれど。レティにはフラグが立った。のんびりしている場合ではない。


「ジョーとレティの婚約を聞いてさ。……そういえば、さっきの話、ジョーてば男前だったよ」

「そうか? あいつは乗り気じゃなかったんだけどな」

「そんなはずないよ。こんな適任、ジョー以外に誰がいるっていうのさ」

「俺に迷惑をかけたくないって。友達のくせにそんな遠慮、腹が立つだろ? しかもあのレティが泣くんだよ」


 レティ。かわいすぎる。大好きなジョーだからこそ、二つ返事ができなかったんだね。


「それだけジョーのことを考えてくれたんだよ。お互いさまだね。お似合いだよ」

 そうかな、とジョーは呟いたので、わたしは力一杯、そうだよと返した。


「それでさ。ぼくは、ミリアムにも素敵な男の子をみつけてあげたいんだ」

「はぁっ!?  さっき言ったのは本気だったのか?」

 ジョーは心底不思議そうな顔をした。

「もちろん、本気だよ。彼女、ぼくのことばかりで男の子に興味がないだろう? 兄としては、彼女に最高の男の子と巡り会ってほしいんだ」

「……色々突っ込みどころがありすぎるんだけど」


 ジョーは深いため息をついた。

「ミリアムは望んでないと思うけど。それに最高の素敵な男って、アルじゃダメなのか? 気心知れていて、一番安心じゃないか?」

「だけど、ミリアムにそんな気がないだろう?」

「そうなんだよな」


 ジョーは、唸った。

「お前たちって相思相愛双子だよな」

「 ありがとう?」

「けど、ずれている」

 そうしてまたため息。

「ミリアムって条件で紹介できるやつなんているかよ……」

 ぶつぶつ呟くジョー。年の近い男の子はたくさんいるだろうけどね。


 ふと。

 なにか真っ赤なものが目に入った。

 なんだろうと見やれば、今まで出会ったことのない、見事な赤毛の髪だった。ちょっとクセのある赤毛を、結ぶことなく自然のままにしている。こちらに後頭部を向けていて、その様はまるで燃えさかる炎のようだった。


 赤い炎の下には黒い衣装が続いていた。男の子だ。だとしても、真っ黒の衣装なんて初めて見た。縁や裾に金糸銀糸の刺繍が入っているけれど、それ以外は靴にいたるまで真っ黒だ。


 赤毛の男の子はテーブルの上で何かをしているようだ。うまく行ってない様子で悪態をついている。

 近づいてみると、彼の向かいに座っている二人の女の子の前には、飾り折りしたナプキンが二つある。

 どうやら三人で折ってみたものの、男の子だけうまくできないらしい。


 男の子の隣に立ち、その手元を見てみると。やはりナプキンがあったけれど、女の子たちのとは違って、ぐしゃりとしていてまるで形になっていない。

 派手な出で立ちとのギャップがおもしろく、思わずふふっと笑いがこぼれてしまう。


「不器用だなぁ」

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