3・1 はじめてのお茶会
アルに留学の話を聞いてからはやひと月。来週彼は旅立つ。そして今日は、待ちに待ったはじめてのお茶会。
わたしは深い紺色に銀の刺繍がほどこされた美しい衣装に
そう、残念なことに完全に衣装負け。『着ている』ではなく『着られている』状態なのだ。
わたしは一応、美少年だよ? この先乙女ゲームの攻略対象になるわけだし、自分で言うのはなんだけど、顔だけなら申し分ない。髪の毛だって月の光からこぼれ落ちたようなきらめく銀の糸(ゲームの中の説明よ)で、よっクールビューティーって囃し立てたい美しさ。
だけど、いかんせん、体がね。細すぎるんだよ。
最近アルもジョーも背が伸びて、体つきもしっかりしてきた。ちょっと前までかわいらしさがあったのに、なんとなく骨ばっているというか、固そうというか。つまり男子っぽく成長しているのだ。
ふとしたときに、あ、男の子なんだと感じる。
それに比べわたしは。一応背は伸びているけれど、それだけ。ちっとも男子っぽさがない。白魚のような手だし、身体も薄っぺらい。
それどころか。
隣のミリアムを見る。
彼女は鮮やかな黄色いドレスを着ている。一見無地だけど、よく見ると同色の糸で薔薇の刺繍がふんだんに施されている。スカート部分はたくさんのヒダとレースでふんわりと。反対に上半身はタイト。飾りはハイネックの首回りと袖口にあしらわれたシルバーのレース。わたしの衣装と同じ濃紺生地で作ったカメオのようなブローチが首もとにひとつ。ドレスがシンプルなぶん、髪どめは大きなサファイアを使った豪奢な一品。
彼女は年不相応の立派なお胸なので(確実に女子高生のわたしよりある)、なんだかもう、鼻血がでそうな美女っぷり。とてもお茶会初めての十四歳少女って雰囲気ではない。
実はこのドレス。先日わたしも着せられたのだ。ミリアムに懇願されて。
今までそんな頼みをされたことはなかったのだけど、どうしてもこのドレスを着たヴィーを見てみたい、きっと似合うからと言われて。わたしは仕方ないなぁと渋々の体で着てみた。
だってわたし、中身は女の子ですから!
こんな世界に転生したんだもん、ドレスに興味がないわけがない! ずっと着てみたかったのだ。
だけど残念ながら、わたしは男の子。当たり前だけど、着る機会はなかった。
ミリアムに懇願されてラッキーとばかりに、うきうきでドレスを着て、鏡の前に立ってみれば。 そこに映るのは完膚なきまでに美しい美少女。
「まぁ、ヴィー! 美しいわ! なんて素敵なの!」
ミリアムが泣き出さんばかりに感動して抱きついてきた。でも、わたしは。恐ろしいほど心の奥が冷えていくのがわかった。
美少女にしか見えない。わたしが本物の女の子なら嬉しかっただろう。でも、男の子なのだ。アルとジョーはしっかり男の子として成長しているのに、わたしは……。
ミリアムはフェルにも見せると言ってきかなかったけれど、わたしはすぐにドレスを脱いで退散した。
そうしてフェルの元に駆け込んだ。
「筋トレ教えて!」
驚くフェルに、かっこいい男子になりたいと熱弁をふるったけれど、ヴィーはそのままが一番かわいいと諭され撃沈。
仕方ないので翌日アンディに泣きついた。けれどもこちらも
「お前の意気込みは買ってやりたいけど、そんなことをしたら俺が殺される」
と逃げられた。
くっ、臆病者め!
仕方ないのでひとりでこっそり、腹筋、背筋、腕立て、スクワットを各三十回一日三セットをしている。かつては部活バカで、これくらい朝飯前だったんだけど、今やすっかりお貴族様ライフに慣れてしまって、これが精一杯。
慣れてきたら、回数を増やす予定だ。
早く男の子っぽい身体になりたいなー。
わたしたちを案内していた侍従が足を止めた。こちらです、と扉を開く。かぐわしい花の香の波が押し寄せてきた。
そこは外に通じる扉だった。中庭のひとつなのだろう、三方を壁に囲まれているけれど、広々として様々な花が咲き乱れている。初めて入った場所だ。王宮にこんな花園のような中庭があるなんて、知らなかったよ。
だいぶ招待客も集まっているようで、あちこちから談笑が聞こえる。
そのまま侍従についていくと、アルと王妃様のお姿が見えた。二人は知らない子たちと話をしていたが、わたしたちの姿に気づくと、次の方が来たのでまた後でとかなんとか言ったようだ。先客が去っていった。
侍従がふたりに、わたしたちの名を告げる。
「よく来てくれたね」
アルが普段とは違う澄ました笑顔を見せる。お召し物だって格段に違うキラッキラしたものだ。
あまりの王子っぷりに、久しぶりにクラクラしてしまいそう。
でもしっかりしなきゃ。今日はミリアムをエスコートしているんだ。お兄ちゃんはがんばるよ!
「本日はお招きいただきありがとうございます」
噛まずに言えた。隣でミリアムも優雅にお辞儀をしながら挨拶をする。
「王妃陛下におかれましても、御健勝のこととお慶び申し上げます」
「よくいらっしゃいましたね」と王妃「上手に挨拶できました」
ふふふと優雅に微笑む。
普通、子どものお茶会に大人は参加しないらしいのだけど、今回はアルの出立の挨拶も兼ねているために最小限だけ参加すると聞いている。
アルとレティの母親だから、わたしたちもよく知った仲なのだ。
出来の悪い子どもを見守るような慈愛に満ちた目でわたしたちを見ている。
正直なところ、王妃様はアルとレティと違ってとても地味な方だ。顔立ちはきれいだけれど、目を引くほどではなし。髪も瞳も焦げ茶色。目立つ特徴といえば、どことなく哀愁が漂っているところ。そこが色っぽいような感じはする。
「今日のミリアムとヴィーはとても素敵だね。とても大人っぽく見えるよ。惚れ惚れしてしまう」
いやいや、それはアルのことだよ。やっぱり本物の王子様の威力ってすごいね。輝いて見える。
「ゆっくり話したいけど、まだ挨拶をしないといけないから、レティたちと待っていてくれるかい。あちらに席を用意したから」
アルは先ほどの侍従に、案内してあげて、と告げる。
再び彼の先導で歩きだす。
あちこちにテーブルと椅子があって、わたしたちと変わらない年頃の子どもたちが談笑している。
ちらちらこちらを見るけれど、話しかけてくる子はいない。わたしはとりあえず、目があった子には会釈をした。
公爵家の次男としてはフレンドリーすぎるかもしれない。けど、なんとかいつメン以外の子たちと話してみたい。そのためには少しでも可能性があることをやっておかないと。
案内された先には四人が座ればいっぱいの小さな円卓。すでにレティとジョーが座っている。
うん、他の子は入り込めないってことだね。
挨拶をして、お互いの出で立ちを誉めあって。あとはもう、いつも通りの会話。楽しいけれどこれは、わたしが望むお茶会とは違うよ。
「楽しんでいるかい?」
キラッキラの王子様スマイルで現れたアル。すかさずジョーが立ち上がり、ぼくはちょっとともにゃもにゃ言いながら去っていった。やられた。わたしが立ち上がるべきだった!せっかくの機会だったのに。
当然のように空いた席にアルが座る。
仕方ない、か。
「王宮にこんな所があったんだね。全然知らなかったよ」
みんなの目がわたしに集中する。
「東翼と対になっていてね」とアル。「そちらは薔薇園になっている」
「薔薇かあ。それは華やかそうだね。季節になったら行ってみたいな」
「……行ったことはあるのよ、ヴィー」
「え、本当?」
ミリアムを見ると、彼女は少しだけ強ばった表情をしていた。その顔を見て、察した。
「そっか。小さいときか」
そう、とアルがうなずく。
「しばらくの間、薔薇の病気が蔓延していて使えなかったんだ。今年は難しいけど、ぼくが帰国したら行ってみよう」
「楽しみだ!」
……どことなく、空気がぎくしゃくしている。
「思い出せなくてごめん」
「ヴィーが謝ることはないのよ」
ミリアムはわたしの手に自分のそれを重ねて、微笑む。でもまだ少し、固い表情だ。
「ありがとう」
わたしは。
わたしが転生したヴィーは。
七歳の春より前の記憶がないのだ。
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