2・2  アルの留学

   アルは来月から一年間、ペソア王国に留学をする。それは、シュシュノン学園に入学するまで彼に会えなくなるということだ。

 学園に入学するのが十五歳を迎えた後の春、つまり一年と一月後。その前に王子として他国を学ぶことになったんだそう。


 それを聞いたのが、きのう。いつものメンバーで集まっていたときのこと。

 しかも知らなかったのは、わたしだけ。アルが言うには親友だからこそ、一年も会えなくなることを言いづらかったらしいけれど。

 アルの留学、知らされたのが最後、と二重のショックだよ。


 それに会えない一年の間に、彼が恋に臆病になるような事件が起きる確率が高い。というか、絶対そうだよね。

 だってゲーム開始時にはそのトラウマを抱えているんだもん。今時点でなにも起こってないなら、そうとしか考えられない。


 アルの留学が決定事項なら、わたしにできることは一緒についていくことだと考え、きのうの晩には両親に留学を頼んだけれど。即、却下だった。

 アルが『友達がいなくては留学もできないような軟弱な王子』と思われてしまうからと。


 それはわたしも嫌だ。アルは優しくて友達思いで、けれど、芯のしっかりした立派な王子なんだ。誤解されてしまうのは困る。


「殿下がいなくなるのが淋しいのか」

「さみしいのはもちろんだけど、心配、だね」

「どんなことが?」


 アンディを見る。

 女性さえからまなければ、アンディはいいヤツで、それはこの四年の間に十分わかっている。

 突拍子もないことを言ったからといって、笑い飛ばすようなことはしない。

 少しの逡巡のあと、思いきって口に出す。


「……悪い女に騙されないか」


 アンディはゆっくりひとつ、まばたきをした。


「なるほど。なにか予兆でもあったのか?」

「そういうのじゃないけど。えーと。夢。夢をみたんだ。騙されて傷つくアルを」


 だいぶ苦しい。

 アンディはもう一度、なるほど、と言ってから息を吐き出した。


「悪い手本がここにいるからかな?」


 意味がわからなくてしばらく考え、それから、彼が自分のことを言っているのだと気づいた。


「違うよ。少なくともアンディは騙してないだろ。誠実に、いろんなひとと付き合ってるだけだろう?」


 吹き出すアンディ。

「まあ、俺はいつだって誰にだって嘘はつかないよ」

 その結果、いつかは刺されるだろうけどね!


「殿下が、たとえ王都から遠く離れた解放感に浮かれたとしても、女にうつつを抜かすことはないだろうよ。まずはやるべきことをやらないと、前に進めない性格だろうからな」

「……それでも……」

「それでもヴィーは不安か。よっぽど悪い夢だったんだな」


 アンディはわたしの頭をわしゃわしゃした。

「離れている間のことはどうにもできない。留学に限らない。子供のうちはまだしも、学園を卒業すれば常に一緒にいることなんてできないんだ。心配だからついて回る、なんて無理な話だ」

 うん、とうなずく。

「けれどもお前の言うように、殿下が騙され傷ついたとしたら。知らない間のことだからと放っておくのか? 違うよな。お前たちは助けるだろう?」

「もちろん」

 彼はもう一度、わたしの頭をわしゃわしゃした。


「それでいいんじゃないのか? 心配だから、不安だからと先回りしたって相手のためになるとは限らない。困っているときに手を差し出せるかどうかが、重要だ」

「アンディ……」

「なんだ」

「すごく納得できた」

「そうか」

「こんな良いこと言えるのに、どうして貞操観念がないんだろう」


 余計だわ、とげんこつが落ちる。

 痛ーいと文句を言いながらも、胸の奥がすっきりしているのを感じる。

 親友が傷つくのがイヤでなんとかしなければと考えていたけれど。でも限界だってあるのだ。アンディや両親の言うとおり、心配だからとついて回り、その結果彼の評判を落としては本末転倒だ。


 アンディはすごいな、と素直に思う。

 十七歳女子高生という前世の記憶を取り戻したとき、アンディとフェルは十七歳だったから、勝手に同級生って気分でいるんだけど。

 前世のわたしが十七で死なず、二十一歳になったとして。この年でこんな説得力のあることを言えたかな。


「アンディは大人だなぁ」

「当たり前だ。騎士団のホープだぞ」

「自分で言っちゃなぁ」


 シュシュノン学園を卒業した彼は、誰もが予想した通り、騎士団に入隊。もちろんその年トップの成績で。今月末の辞令では、小隊長に任ぜられるとの噂だ。これは異例の早さなんだとか。

 ゆくゆくは父親と同じ騎士団の長になるんだろうな。


 ちなみにフェルは卒業後、誰もが予想した通り、内務省に勤務、こちらも異例の出世をしている。

 うーん。この二人でも乙女ゲーム作れるよね。


「で?」

「『で?』ってなに?」

「殿下のことだけじゃないんだろ、悩み」

「うわー、本当に千里眼?」


 その通り、もうひとつ、頭を悩ませていることがある。


「ついにその時が来たんだよ!」

「その時?」

「そう!」


 思わず拳に力が入る。


「はじめてのお茶会出席!」

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