2・1 アンディとぼく
◇◇
舞台
一つの大陸に三つの国
シュシュノン王国
ペソア王国
ドードリア共和国
かつては魔法を使い、覇権を巡って争っていた。
三百年にわたる戦争に疲弊した三国は和平および不戦条約を結ぶ。
それから多少のいざこざはあるものの、五百年の平和が続いている。
長い平和は、攻撃のためだけに存在していた魔法を衰退させた。
必要なくなったとはいえ、せっかくの希有な力がなくなるのはもったいないと考えた各国は、それぞれに国立の学校と研究機関を立ち上げた。
目的は、魔法の存続および平和的利用方法の研究。
シュシュノン王国の場合は王立シュシュノン学園がそれにあたる。
◇◇
幼い字で書かれたノート。
前世の記憶を取り戻したあとに、ゲーム『シュシュノン学園』について書き留めたものだ。
あれからもうすぐ四年。なんとなく前世の記憶が曖昧になってきた。
まあ普通に考えてみたって、四年も前の出来事すべてをはっきり覚えているなんてことはないもんね。
時々こうやってノートを読み返してみるけれど、書いていたときの混乱や焦燥も遠い出来事のようにしか感じられない。
ノートの隅には『がんばれ、わたし!』なんて書いてあってほほえましくなってしまう。
女子高生だったころ、テスト勉強に疲れてくるとこんな風に自分を鼓舞する言葉を書き込んでいた。
ノートを閉じると傍らに置いて、わたしは芝生に寝転がる。
屋敷の裏の自然を生かした庭園、その片隅。すっかり定位置となったお気に入りの場所だ。
四年の間、勉学はまじめに取り組んだ。それこそ受験生のときよりも真剣に。ミリアムと友人たちを守るために、なにが役に立つかわからないからね。
魔法もがんばった。フリスビー事件後に使えなくなったものの、アンディから『大丈夫』と励まされたあと、自然にもとに戻った。
やっぱり前世を思い出したことによる、精神的なものだったんだろう。
だけど、元通りになった魔力。この四年の間、まったく成長してません。努力はしたんだけどね。
別に魔法がろくに使えないからって、シュシュノン学園に入学できないとか、貴族でいられないとか、ペナルティがあるわけじゃないからいいんだけどさ。
正直に言っちゃうとさ。せっかく魔法の世界に転生したのだから、かっこいい魔法を使ってみたかったよ。
この世界の魔法、大きく分けて四種類あって。元が攻撃用だから、みっつは火・水・風系。最後のひとつが癒し系。でもこれも元をたどれば呪いの魔法らしい。
わたしが唯一使える修復魔法はこれに分類されるんだけど、癒し魔法は問題があるんだよね。
もっとかっこよく、炎を出したり風を巻き起こしたりしたかったー。
それはさておき。
勉学は努力したけど、取り巻く状況についてはなにも変わってないんだよね。
レティはジョーにラブラブ。でもジョーは気づいていない。鈍すぎる!
アルのトラウマになりそうな事件も、多分、起こっていない。
ミリアムはアルに恋していない。
さっきのノートの最後のページには
『ミリアムとレティには、ゲームに関係ない素敵男子に恋をしてもらう!』
と大きく書いてある。けれどその計画も頓挫している。前提に問題があったのだ。
当時は、いずれ貴族子弟のお茶会に呼ばれたりして、いつメン以外の素敵男子に出会えるだろうと考えていた。ところが。お茶会が開催されない。したがって交遊関係が広がらない。素敵男子どこれか普通男子すら知り合えてないのだ。
となるとわたしの知っている男子は、うちやシュシュノン家、マッケネン家の従者しかいないんだよね。
お嬢様と従者の恋なんて、前世のわたし的にはよだれもの好物なんだけど、実際は大変な苦労をしょいこむだろうから却下。
おかげで八方塞がりなんだよね。
「なにしてるんだ」
声とともに見慣れた顔がわたしをのぞきこむ。アンディだ。
「うーん。昼寝?」
「寝てないじゃないか」
隣にアンディが腰を下ろしたので、わたしは起き上がってあぐらをかく。ミリアムやフェルに見られたら行儀が悪いと怒られてしまうのだけど、アンディはなにも言わないでくれる。自分は片膝立ててかっこよく座っているけどね。
「アンディは? エレノアさんの付き添い?」
「そっ。でも邪魔そうだったから出てきたところ」
来月ついにフェルとエレノアさんが結婚式を挙げるのだ。今月エレノアさんがシュシュノン学園を卒業するので、それに合わせてのこと。このタイミングでの挙式は多くて、月末から再来月まで結婚式ラッシュだ。
二人は自分たちの式の打ち合わせに加え、招待されている式のための打ち合わせもあって忙しそうだ。
「のけ者にされて悲しい」
真顔で言うアンディに、思わず深いため息が出る。
アンディはわたしの知っている男子の中で唯一、ゲームキャラではなく、従者でもなく、お年頃の、ハイスペック男子といえる人物なんだけど。
四年前、魔法に関してわたしを救ってくれた人物でもあるんだけど。
残念ながら『素敵男子』には当てはまらない。なぜなら。
「悲しいなら、まずは女癖をなんとかしなよ」
「無理」
即答だよ!
この下半身男めが!
こいつ、黙っているとむちゃくちゃお堅そうな朴念人に見えるのに、女遊びが激しいんだよね。
鍛えぬかれた体躯と彫刻のような容貌という自分の魅力をよくわかっていて。庶民のお姉さんから貴族の有閑マダムまで手広くお付き合いしている。
いつか刺されるよとフェルは忠告してるらしいけど、本人はまったく意に介していない。騎士団随一の剣の使い手が、そう容易く刺されるはずはないだろう。そういう自負もしくは驕りもあるんだろうな。
「そんなんだから……」
と言いかけて、続く言葉を飲み込む。
アンディはわたしを見て、それから頭を撫でた。さすが騎士。大きな手だ。
「気にするな。俺は気にしていない」
「ちょっとは気にしろ! サイテー」
昨年のこの結婚ラッシュの時期に。本当ならアンディは妻を迎えているはずだった。それがなんと、挙式前日に花嫁が逃亡。
『ごめんなさい。やっぱりわたくしにはアンディさんとやっていく自信がありません』
そんな書き置きを残して若い従者と姿を消したのだ。
この結婚は両家の親が決めたものだったそうで、あちらのご両親が平謝りの中、ブルトン公爵の怒りはアンディに集中した。
「お前が節操がないせいだ!」
と。まさしくその通り。その通りなんだけど、エレノアさんによるとそのあとに続いた言葉があった。
「せめて結婚するまでは自重しろと言ったろう!」
子が子なら、親も親だよ……。
唯一の救いが、エレノアさんは常識あるひとで、アンディに腹を立ててること。彼女とフェルの夢は二組の夫婦で仲良く過ごすことだったらしい。
もしアンディがつつがなく結婚していたら、今、のけ者気分になることなく、四人で打ち合わせをしていたんじゃないかな。
そんな女癖の悪いアンディだけど、それをのぞけば、とても頼りになるいいヤツなんだ。
「で、ヴィーは何を悩んでいるんだ」
「……そんな風に見えるかな?」
「俺、千里眼だからな」
本当に千里眼だったら、逃げるほど思い詰めていた婚約者の気持ちに気づいてあげられたんじゃないの、と思うが口には出さない。
「アルベール殿下の留学かな」
お。正解。
まあ、アンディが察しがいいのは昔からか。
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