1・6  イケメン兄たち

 それぞれの屋敷に帰っていくシュシュノン兄妹とジョーの馬車を見送っていると、入れ違うようにうちの馬車が一台帰ってきた。


扉が開いて降りてきたのは――


「兄さま! お帰りなさい」


 ミリアムの言う“兄さま”とはわたしのことではない。シュタイン公爵家長男のフェルディナンドだ。

 わたしたち双子と同じ銀髪に、母親譲りの空色の瞳。表情がないと酷薄そうに見えてしまう、完全無欠のクール系美青年。


 それと――


「アンディ、いらっしゃい」


 わたしは兄に続いて降り立った青年に挨拶をする。

 フェルの幼馴染で親友で、そしてミリアムと私の第二の兄でもある彼は、アンディ・ブルトン。ブルトン公爵家の長男で、父親は騎士団長だ。

 柔らかそうな栗色の髪にグレーの瞳。色合いはやや地味ながらも、精悍な顔立ちは均整がとれて彫刻のよう。

 何より鍛えぬかれた体躯は、社交界のお嬢様方の、触ってみたいお体ナンバーワンだとかなんだとか。


 そんな親友の影響を受けて、剣術および筋トレに励むフェルも細マッチョで。

 二人並んで立つと、堂々たる雰囲気にどこぞの軍人かしらと思うほど。


 でもまだたったの十七歳。シュシュノン学園の二年生なんだよね。

けっこうなイケメンコンビだけど、ゲームには登場してなかった。年が離れているからかな。ミリアムたちの運命に無関係なぶん、気を抜いて接することのできる人たちだ。


 わたしたちいつメンファイブもしょっ中(というか今は毎日)集まっているけど、この人たちもいつも一緒。

 学園は地方出身の生徒用に寮もあるけれど、通える範囲内に住んでいる生徒は自宅から通学していい。だからフェルも実家住まいなんだけど、こうやって頻繁にアンディが遊びにくる。またはフェルが遊びに行っている。


 ちなみに。アンディの妹エレノアとフェル、夏に婚約するんですって! 相思相愛だそうで、ミリアムにが言うには、『近頃のフェルは鼻の下が伸びきって、クールなイケメンが台無し!』らしい。


「殿下たちの馬車とすれ違ったようだけど」とフェル「今日も来ていたのかい?」

 そうだとうなずけば、

「毎日の日課、ちゃんとこなせているのか?」

 と苦笑した。

 わたしたちだって、毎日家庭教師にたくさんの勉強をさせられているのだから、王子・王女となればもっと習うべきことはあるだろう。


「まぁ両陛下がお許しになっているなら心配ないだろ」

 とはアンディ。そしてわたしの頭にポンと手を置いた。


「それよりこっちのほうが、まずいんじゃないのか」

 アンディの視線を追うと、さぼった魔法の先生が密やかに立っていた。その顔には疲れが色濃く出てる。

 うわー、諦めて帰ったのだと思っていたよ!

 ええっと。


「……ごめんなさい」

 ぺこりと頭を下げると、先生は長ーいため息をついた。


「さぼったぶんの宿題を出しますよ。先ほどウェルトンに表紙が破れてしまった本を渡しましたから。それを直せるようにがんばってくださいね」

「はーい」


 修復魔法は以前のヴィーが唯一使えた魔法で、本やカップなら元通りにできたんだ。


 約束に安堵した先生が帰ると、アンディは再び手をわたしの頭に置いた。で、わしゃわしゃっと髪をかき乱す。


「魔法なんて使えなくても死にやしない」

「……うん」

「お前は大丈夫だよ」

「うん」


 よし、とアンディは笑った。その横でフェルとミリアムが複雑な表情をしている。

 アンディはなぜか二人にも、大丈夫だよ、と力強く言った。


 わたしは大丈夫。

 心の中で繰り返してみた。

 ぼく、ヴィーは大丈夫。



 なんだか状況は複雑で。

 ゲームの世界に転生してるわ。身体は男の子だわ。

 妹と友人には悲惨な運命が待ち受けてるわ。

 親友はトラウマを抱える予定だわ。

 ついでに使えていたはずの魔法も使えなくなった。



 でも、大丈夫。

 アンディがそう言ってくれるなら、本当に大丈夫な気がするもん。

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