そいつ

まする555号

そいつ

 僕がそいつに出会ったのは小学校に上がったくらいの時に風邪にかかって休んでいた時だった。


「お母さん・・・」

「どうしたの?寝てなきゃ駄目じゃない」

「枕が僕に死ねって言ってるよ」

「えっ?」

「死ね〜死ね〜って言ってるの」

「熱で悪い夢でも見たのよ」

「夢?」

「風邪を治せば聞こえなくなるからね」

「うん・・・」


 次に出会ったのは家族で川にキャンプに行った時だった。当時の僕は近所のスイミングスクールに通っていた。だから調子に乗って流れの早い所でも泳いでしまった。

 しかし川の淵になっている場所にハマり上から押し寄せる水に翻弄されてグルグルと体が回転しどっちが水面か分からない状態で藻掻く状態になった。


「気がついたのね」

「僕・・・溺れた?」

「カオルおじさんが気がついて助けてくれたのよ?」

「ごめんなさい」

「大丈夫だと思うけど休んでいなさい」

「溺れた時にあそこの淵の石から掴むなって言われたよ」

「掴むな?」

「でも苦しくて誰かの腕を必死に掴んだらグワッと持ち上げられたよ」

「持ち上げてくれたのがカオルおじさんよ」


 その後も病気で高熱になった時や、勉強で寝不足になった時や、水泳の特訓で疲れたり苦しい時にそいつは僕に一方的に何かを命令したり嫌味を言ったりしてきた。


 高校の時に重い麻疹にかかった時は学生鞄に「成績さがるぜ」と言われたし、受験前の追い込みで徹夜を歯たときは電源が入って居ないラジオから「諦めろ」と言われたし、水泳の潜水で他の部員と距離の勝負で無理をし過ぎた時は掴んだコースロープから「浮かぶなよ」と言われた。


 社会人になり結婚をしたが浮気されて離婚をして落ち込み、ただ海を見たくてドライブした時はガードレールに「飛べ」と言われた。


 そしてこの前結石になりあまりの痛さに倒れ込んで、救急車の中で過呼吸になり、どんどん目の前が真っ暗になった時に、運転席の方から「ざまぁ」と言われた。


 そいつとは会話は成立せず、僕が弱った時に一方的に何かを言ってくるだけの存在だ。

 幻聴を神の声だと言う人もいるけれど、そいつは僕が弱った時に、さらに弱る様な言葉を言って来る。僕にとっては神では無く悪魔の様な存在だと言っても良い。


 ただ僕にとってはわかりやすくて助かっている。なぜならそいつの言葉はいつもハズレであるからだ。

 的中しない確率100%の占いは逆の行動を取れば的中率100%の占いになる。

 それにそいつは言葉だけで直接何かを出来る存在ではない。

 何を言ってるのかわからない時は無視すれば良いだけなのだ。

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そいつ まする555号 @masuru555

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