第38話 初体験



「はぁ……、はぁ……、か、鏑木先輩、私、もう、無理です……。堪忍してぇ……」



 柏木は俺の下で息を荒くしながら弱々しく藻掻いている。

 一見すると限界のように見えるが――、



「……どうやら、まだ余裕がありそうだな」


「な、なんでぇ~!?」



 柏木にはあえて理由を教えないが、俺は言葉選びの問題でまだ余裕があると判断した。

 というのも、「堪忍」と似た言葉に「勘弁」という言葉があるが、関東圏では「堪忍」はあまり使われないからである。


 この二つの言葉は単体で見ると意味が異なるが、「過ちを許す」という意味では同義語となる。

 だからこの状況で使う分には意味として通るのだが、「堪忍」は少なくとも東京ではあまり使われない傾向にあり、基本的には「勘弁」が使われることが多い。

 使われるとすれば「堪忍袋の緒が切れる」くらいだと思われるが、ことわざなのでやはり日常的に使われるとは言い難いだろう。


 ……これは俺の偏見というか偏った知識かもしれないが、標準語で「堪忍して~」なんてセリフは漫画やエロいコンテンツでしか見ない気がする。

 つまり十中八九、さっきの弱音は柏木の演技ということだ。

 まだ演技をする余裕があるというのであれば、俺も遠慮はしない。



「なんでも何も、これからが本番だろう」


「こ、これからが本番……? ま、まさか、私を快楽堕ちさせる気ですか!?」


前戯あそびは終わりだ。言っておくが、初体験で気持ちよくなれると思ったら大間違いだぞ? いくらほぐしたところで、限界はあるからな」


「……え? ちょ、ちょっと待ってください! 鏑木先輩、まさか本当にする気ですか!?」


「俺が嘘を言うと思うか?」


「お、思いませんけど、まだ覚悟が――」


「覚悟を決めたところで痛みが消えるワケではない。むしろ覚悟を決めようと意識をすることで、逆に不安を増長する可能性だってある。いいから、俺に委ねろ」


「あ、男らしいセリフ――ってギャアアァァァァァァァァァァ! 痛い痛い痛い!!!」



 俺が腰を強く押し込むと、柏木は背中をしならせて凄まじい音量の叫び声を上げる。

 そのあまりに馬鹿でかい悲鳴に色々な不安が頭を巡り、名残惜しくも柏木の腰を解放する。



「おい、なんて声を出すんだ……」


「だ、だって、だって、すっごく痛かったんだもーーーん! 人生で一番の痛みでしたよ!?」


「少し押し込んだだけでこれじゃ、先が思いやられるな」


「この先があるんですか!?」


「当たり前だ。まだせいぜい入口くらいだろう」


「そ、そんな……、私、死んじゃいます……」


「安心しろ。最初は痛いだろうが、段々と快感に変わっていく」


「うぅ~、鏑木先輩がオヤジみたいなこと言ってるよ~」



 ……そう言われると、今のは確かにエロオヤジのようなセリフだったかもしれない。

 やはり俺も少し酔いが回っているようだ。



「鏑木先輩、私もう、あんな女の子が出しちゃいけないような叫び声出したくないです!」


「俺も出されると困るから我慢してくれ」


「無理です!」


「……なら、そろそろ悪ふざけはやめて渡瀬にも協力しておらうか」



 俺がそう言うと、背を向けて寝ていた渡瀬がビクリと反応する。



「え? もしかして准ちゃん起きてたの?」


「ん? なんだ柏木、気づいてなかったのか?」


「そんな余裕なかったですよ!?」


「……俺には余裕そうに見えたが」



 柏木は俺にされるがまま、わざとらしいくらいエロい嬌声を上げていた。

 俺の経験上、性的快感よりも健康的快感――たとえば伸びをしたときの気持ちよさに分類される快感の方が強いため、普通なら声が出るにしてももっと脱力した溜息のようなものになりやすい。

 だから柏木は渡瀬が目覚めているのを察し、からかい目的で演じていると思っていたのだが……



「もう! そんなワケないじゃないですか! 私、文字通り昇天しちゃいそうでしたよ!?」


「頼むからするな」


「鏑木先輩のせいでしょ~!」



 さっきまでヘナヘナになっていたくせに、まだまだ元気がありそうだ。

 十分余裕がありそうだし、今夜は徹底的にやってやることにしよう。



「っていうか准ちゃん、どのくらいから起きてたんですか?」


「柏木がエロい声で喘ぎ始めた辺りからだ」


「ほとんど最初からじゃないですか!? もぅ~、それなら准ちゃんも参加すれば良かったのに~」


「渡瀬はムッツリスケベなんだ」


「ち、違いますよ! なんか二人がエッチなことしてるから、どうすればいいのかわからなかっただけです!」



 渡瀬は流石に狸寝入りを諦めたのか、ベッドから飛び起きて抗議してくる。



「准ちゃんはそういうところ損してるよね~。ホラ、こっちに来て一緒に気持ち良くなろ?」


「うぅ……、でも初めてが3Pなのは流石にちょっと……」


「まだ勘違いしてるのか。俺と柏木は別にエロいことはしてないぞ? ただ俺の特技である整体の施術をしていただけだ」


「へ……、整体? でも、だって、あんな声……、それに、破瓜の叫びが――」


「それは単純に柏木がエロいのと、声が馬鹿でかいだけだ」



 まあ、俺も柏木に乗るカタチで調子に乗っていたことは否定できない。

 しかし、俺は演技をちゃんと学んだことがあるワケではないし、注意して聞けばお約束のネタだと気づくことができただろう。

 つまり、やはり渡瀬は間違いなく――



「……准ちゃん、本当にムッツリスケベだったんだ」


「うぅ……、私悪くないのに……、智ちゃんと先輩の馬鹿ぁ……」



 泣き崩れる渡瀬を見て、流石に罪悪感がこみ上げてくる。



「すまん渡瀬。俺も酒が入って少し調子に乗り過ぎた」


「先輩……」


「その詫びと言っては何だが、渡瀬にも施術をしてやろう。これでも俺はちゃんと資格を持っているし、実家で整体師として客を任されていたこともあるから、内容については安心していいぞ」


「……え?」



 本来は有料級の内容なのだが、今夜は後輩のためスペシャルコースを体験させてやろうじゃないか。



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