第37話 少し痛い目にあってもらおうか



「質問形式、ですか。いいですよ? その方が私にとっても好都合ですし」


「好都合?」


「ええ! だって私の聞きたいことをピンポイントで聞けますし!」


「……」



 余計な自分語りをしないで済むから楽だと思ったが、柏木の質問だけに答えているだけだとあらぬ勘違いをされる可能性もあるか……

 恐らく柏木のことだから、質問の内容はセンシティブなものになるに違いない。

 面倒だが、背景もセットで説明する必要がありそうだ。



「俺から提案したことだし、常識的な内容であればいくら聞いてくれても構わない。ただ、答えたくない質問には答えないからな」



 性癖だとか、どんなプレイが好きだとか聞かれても困るためあらかじめ釘を刺しておく。



「ま、それは許してあげます。でも、嘘はつかないでくださいね?」


「そこはいい加減信用してくれ」


「信用はしてますけど、一応お約束ってヤツですよ! それじゃあ、乾杯しましょうか! まさか飲まないなんて言いませんよね?」



 そう言って柏木は、挑発するように小悪魔的笑みを浮かべながらストゼロを手渡してくる。

 渡瀬は完全にダウンしているため、実質的に柏木とサシ飲みということになるだろう。

 必然的にクリスマスの夜のことを思い出すが、あの日は酒の入った場での話にしてしまおうという魂胆があった。

 しかし、今回語るのは俺になるため、アルコールが入ることで口が軽くなる恐れがある。

 ……いや、それを言ってしまうのはフェアじゃないか。

 柏木だって、アルコールには強いようだが決して酔わないワケではない。

 あの日も軽くなった口で、本当は言うつもりのなかったことだって言ってしまったという可能性もある。

 まあ、柏木はそれも覚悟のうえというか、本人の言葉通りなら聞いてもらいたいくらいの気持ちだったハズなので、今の俺とは条件が異なると言えるだろう。

 ただ、だからと言って俺だけ保身に走るのは流石に少し躊躇われる。



「……わかった。ただ、前みたいに飲み潰れたら俺は自分の部屋に帰るからな」


「いいですよ~。まあ、ないと思いますけどね?」



 安い挑発だとわかっていても、柏木の小悪魔的な顔を見ると妙に乗ってしまいたくなる。

 俺は既に、柏木の策中に嵌まっているのかもしれない。





 ◇





「っぷはぁ~! 今日のお酒は美味しいですね~♪」



 柏木は乾杯の合図の直後に、既に口の開いていたストゼロを一気に飲み干す。

 渡瀬は一口でダウンしたらしいので、飲みかけとはいえ柏木のストゼロも大して減っていなかったハズ。

 それを一気に飲み干すあたり、やはり柏木は中々の酒豪なのだろう。

 しかし、全く酔わないタイプではないし、実際にあの日は酔って寝落ちしたのだから、限界は必ずある。

 余裕のつもりかは知らないが、もし早々に酔いつぶれたら顔に落書きでもしてやろう。



「まあ、それについては否定しない」



 旅先での酒というのは、どうしてこうも美味いのか?

 普段飲んでいるのと変わらぬ安酒だというのに、不思議なものである。



「では早速一つ目の質問です! 鏑木先輩は童貞ですか?」


「……いきなりそれか」



 ある程度予想していたとはいえ、いきなりの剛速球である。

 まあ、柏木らしいといえば柏木らしい。



「別に言ったところで減るもんじゃないですし、いいじゃないですか~」



 人によっては色々な意味で減ると思うがな……

 というか、恐らく素直に答える男は少ないのではないだろうか?

 正直に答えても相手がどう思うかわからないし、よくある「ど、童貞ちゃうわ!」的に捉えられる可能性もあるので、何が正解なのか非常に難しい質問と言えるだろう。



「……柏木が知りたいというのであれば答えること自体は構わない。ただ、それを聞くことになんの意味がある?」


「そんなの、ただの興味に決まってるじゃないですか~! まあでも、あえて理由を挙げるとすれば、確認――ですかね~」


「確認? なんのだ?」


「ぶっちゃけますけど、私の予想じゃ鏑木先輩は童貞じゃないと思うんですよ。その予想が正しいかの確認です~」


「……」



 まさか、柏木にそんな風に見られていたとはな。正直意外だ。

 柏木はエロネタで俺を煽っていることが多いので、童貞を弄って遊ぶような趣味でもあるのかと思っていたが……



「柏木の予想は正しい。一応、俺は童貞ではない。しかし参考まで聞きたいんだが、何故そう思った?」


「別に大した根拠はないですよ? 所謂いわゆる女の勘ってヤツです。まあでも、私みたいに積極的に関わろうとしなければ気づかないかもしれませんね~」


「……そんなものか」



 別に隠していたワケじゃないが、俺は無愛想さと無表情には自信があるので、そんな風に思われているとは思いもしなかった。



「あ、でも、多分ですけど准ちゃんも沼田先輩も気づいてますよ?」


「っ!? よく、わかるな」



 実のところ、これについては意外でも何でもない。

 沼田には直接言ったことがあるし、問いただしたワケではないが、恐らく狸寝入りしていた渡瀬も聞いていたハズだからだ。


「あ、鏑木先輩も二人が気づいてるって察してたんですか? まあ私のも勘だから、多分って想像ですけどね~」


「……根拠はあるのか?」



 沼田達には話したことがある、というのは黙っておくことにしよう。

 なんで私には教えてくれなかったと反応されても面倒だ。



「だって鏑木先輩、地味に女慣れしてるっていうか、落ち着いているじゃないですか? それでいて顔も精悍で男前ですし。誰が見てもイケメンって感じじゃありませんけど、ある程度一緒にいると何となく察するんですよ。あ、この人絶対モテるなって」


「……言っておくが、俺は本当にモテないぞ」



 事実、俺は今までモテたという経験が一度もない。

 大抵の女子は俺に近づいても来ないからだ。

 しかし、「ある程度一緒にいると」という条件を付けるのであれば少し思い当たる節がある。

 かつて俺が付き合ったことのある唯一の彼女も、偶然俺と接する機会が多かったからだ。



「まあ、それは間違ってないと思いますけどね。実際鏑木先輩って、遠目に見てるだけだと少し怖いから近寄りがたいですし……。だから私の予想だと経験人数は少ないというか、一人とかなんじゃないかな~って。どうです? あってます?」


「……その通りだ」



 柏木は女の勘だと言っていたが、意外にもその推察はしっかりとしたものだった。

 俺と同じ底辺大学に通ってはいるが、恐らく地頭はかなり良いのだろう。

 それは会話の節々からも感じられる。



「ふふ~、やっぱり~♪」



 柏木は満面の笑みを浮かべ、新たに開けたストゼロを美味しそうに飲む。



「いや、見事な推察力だとは思うが、流石に喜び過ぎだろう」


「喜びますよ~♪ だって経験人数が一人なら、間違いなく私がリードできますからね♪」


「……経験人数ゼロとは思えない自信だな」


「もう! 私は処女ですけど、他には色々経験しているって言ってるじゃないですか!」



 確かに柏木は性に対して奔放に見えるが、それをどこまで信用できるものか……

 少なくとも破瓜の痛みは経験していないのだろうし、どうにも耳年増感がしてならない。



「柏木、一つ言っておくが、経験人数が少ないからといって、それイコール未熟とは限らないぞ?」



 俺は確かにそういった経験は一人しかいないが、別に慣れていないというワケではない。

 むしろ――、



「またまた強がっちゃって~」


「……」


「あ、あれ? も、もしかして本当に結構慣れてたり……? 確かに鏑木先輩って他の草食系の男子と違って、しっかり性欲はあるタイプっぽいですけど……、い、いやいや、やっぱり強がりですよ! じゃなきゃこんなに奥手なワケが――」


「いいだろう。どうやら勘違いしているようだから、少しわからせてやる必要がありそうだ」



 俺は素早く柏木の持つストゼロを回収し、距離を縮めそのまま柏木を押し倒す。



「え? え?」


「柏木、お前が悪いんだぞ?」



 酔った男を前に無警戒過ぎる。

 浴衣を着ている今なら、スタンガンも手元にはないハズだ。

 今後のためにも、柏木には少し痛い目を見てもらおうか。



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