第36話 恋バナ



「……柏木、お前如何いかにも男慣れしてますといった感じだが、所詮は処女なんだろ?」


「んなっ!? なんですか所詮は処女って!?」



 戦いの基本は相手の弱点を突くことだ。

 まずは挑発し、何か弱味を引き出せないか試みることにする。



「そのままの意味だ。未経験のくせに知識だけは豊富というのは、童貞の男子高校生と何も変わらないだろう」


「そ、そんな哀れな存在と一緒にしないでください!」


「……哀れは言い過ぎじゃないか?」



 全国の男子高校生の総数から考えれば、大半が童貞ということになるだろう。

 柏木の発言はその大半を敵に回しかねない発言である。



「え、でも学校に一人くらいは誰にでもヤラせてくれる子っていません?」


「そんな聖母(?)のような存在、普通はいないぞ……」


「そうなんですか!? じゃあ、私のことを聖母と思ってくれてもいいんですよ?」


「処女なんだろ」


「処女ですね」



 ……ペースが乱されるな。

 正直これは聞きたくなかったが、ここまできたら聞かざるを得ないか……



「一応処女だということは信じてやってもいいが、じゃあ実際はどこまで経験をしてきたというんだ?」


「……それ、聞いちゃいます?」


「俺だって聞きたくはない。しかし、柏木には現在ファッションビッチ疑惑がかかっている」


「ファ、ファッションビッチィ!?」



 柏木には一度俺の陰部を見られたことがあるが、特に驚いたり恥ずかしがる様子もなく堂々としたものだった。

 そもそもパンツを脱がして息子を曝したの自体柏木だし、あのときは噂通りのビッチだったか……と少し落胆した覚えがある。

 しかし、それ以降柏木はせいぜいボディタッチが増えた程度で、大胆な行為に及ぶことはなかった。

 別に期待していたワケではないが、警戒していた分拍子抜けしたことは確かだ。



「実際男慣れしていることは間違いないんだろうが、だからこそ何も浮いた話を聞かないというのは不自然だ。そうなると、性に奔放そうな女を演じて男を釣るくせに、実は性的経験自体は少ないというファッションビッチと思われても仕方あるまい」


「い、言い方ぁ! 確かに最近は何もしてあげてないですけど、ちゃんと楽しい時間は提供してあげてますぅ! それに、最近ご無沙汰な理由は鏑木先輩に勘違いされたくないからなんですからね!?」


「勘違いとは?」


「私が特定の誰かと付き合っているとか、既に処女を奪われてるかもとか?」


「……勘違いされたくないなら、最初から男と遊ばなきゃいいだろ」


「それは無理です。だって、これが私の生きる道ですから!」


「…………」



 柏木は過去のアレコレにより、母親を尊敬していると聞いている。

 実際、母親の教えで救われたというのだから、同じ道を歩みたいという気持ちもわからなくはない。

 しかし――



「一応確認するが、柏木は母親と同じ風俗嬢を目指しているのか?」


「っ!? め、目指してませんよ!? いや、母さんのことは尊敬していますし、風俗嬢への偏見もありませんけど、それとこれとは話が別です!」


「であれば、そんな生き方は厳しいだろう」



 昨今はパパ活女子や港区女子、頂き女子といった男から金銭的支援を得るための活動をしている女子が増えている。

 働かずして金銭や物品を得ているという点で乞食と揶揄やゆされることも多く、一般的な感覚を持つ者であれば男女問わず嫌うことの多い存在だ。


 しかし、その実態は綱渡りのように危うい活動だということが容易に想像できる。

 現状ギブアンドテイクが成立しているのも問題ではあるが、いつ法的な取り締まりが厳しくなるかもわからない状況では安定した活動とは到底言えない。

 それでも恐らく無くなることはないだろうが、そういった状況で生き残れるのは何らかの才能や特技を持った人間だけである。

 つまり、なんの才能もなく、特技を磨くこともしていない人間には何も残らないという悲惨な結果になりかねないのだ。


 その点で言えば元々の素養が高く、自分磨きにもしっかり取り組んでいる柏木は「残る側」の人間にはなれるだろう。

 しかし、仮に残れたとしても潜在的なリスクがなくなったワケではない。

 今は言ってしまえば「利用する側」という立場だが、それが覆る瞬間は必ずどこかである。

 より狡猾で悪い男に狙われる可能性もあるし、年齢的な限界もあるからだ。


 柏木の言葉を信じるのであれば、現状取り巻きの男達には性的な行為を許していないということになる。

 この時点ではリスクの少ない付き合いと言えるが、その分メリットも少なく、逆に男達の抱える欲望は大きくなっているハズだ。

 そう仮定すると、いずれ欲望が抑えられなくなる人間も出てくるだろう。

 当然だが、溜め込んだ分その反動も大きくなるため、最悪の事態に発展する可能性も高い。


 つまり、総合的に見れば仕事としてやっている風俗嬢よりもリスクが高くなってくるのだ。

 それを生きる道にするということは、緩やかな自殺と言っても過言ではないと思う。



「……私だって、そろそろマズイかなぁとは思ってますよぅ。だから、その、相手を一人に絞りたいなぁと思っているんじゃないですか~。チラッチラッ」



 柏木はわざわざ顔を反らし、口でチラチラと言いながら俺に視線を送ってくる。

 そんなことをするよりも、目を見て真剣に言った方が効果的だと思うのだが……、まあ柏木らしいと言えばらしいか。



「前にも言ったかもしれないが、俺には柏木の真意がわからない。だから何を期待されても応えられないぞ。もし応えて欲しいのであれば、ちゃんと真意を伝えろ」


「そんなご無体な~」


「茶化すな。俺は真面目に言っている」


「うぅ……、それはぁ……、だってぇ……」


「だって何だ?」


「……えっと、有名な話あるじゃないですか~。ほら、恋愛は惚れたら負けっていう……」



 ……まさか、そんな理由だったのか?

 確かに惚れたもん負けみたいな話はよく聞くし、実際不利な面もあるとは思うが、柏木がそんなことを気にしているとは思わなかった。

 いや、これは俺の主観というか、自惚れも入っているかもしれないが、少なくとも柏木が俺に好意を抱いていることは間違いないと思っている。

 俺はそこに何らかの打算や思惑が含まれていると思い警戒しているのだが、そんなことが理由であれば色々と破綻していないか……?

 そもそも、その前提であれば柏木は既に惚れているということになるし、勝負にもなっていない気がする。



「……色々と言いたいところだが、柏木は要するに俺を惚れさせたうえで、俺から告白させるようにしている……のか?」


「もう! なんで言わなきゃ気づいてくれないんですか!? 普通気づきますよね!?」


「いや、これについては間違いなく柏木の日頃の行いが悪いだろう。いつも男を侍らせ、貢がせ、おまけに経験豊富を騙っていたんだからな。疑うなという方が無理な話だ」



 多くの男を侍らせている女が擦り寄ってきたら、普通は自分もそのメンバーに加えようとしているとしか思えないだろう。

 それを喜ぶ男もいるかもしれないが、少なくとも俺はそんな「貢ぐ君」にはなりたくない。



「それは! ちゃんとアナタは特別♡ みたな雰囲気出してたじゃないですか! それに騙っていませんってば!」


「わかりづらい。じゃあ話を戻すが、柏木はどの程度経験があるんだ?」


「それは……、話してもいいですけど、まずは鏑木先輩が教えてくださいよ! 私だけに言わせるのはズルいです!」



 そう言われれば、確かにフェアではない気がする。

 俺から聞き出そうとしているのだから、まずは自分が語るのが筋だろう。



「……柏木の言う通りだな。わかった。ただし、俺は自分を語るのが得意じゃないから質問形式にしよう。答えられることであれば答えようじゃないか」



 最初はどうなるかと思ったが、結果的になんだか修学旅行のような展開になったような気がする。

 とりあえずアルコールも入れて、少しくらい口が軽くなるようにでもするか……?


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