第34話 女子部屋への誘い
……まさか、この流れで告白されることになるとは思わなかった。
元々は渡瀬の過去について聞くということしか聞いてなかったので、完全に想定外である。
当然だが心の準備などしていなかったため、言葉が出てこない。
これは言い訳になるかもしれないが、告白には基本的に前振りがあるものだ。
例えば手紙での呼び出しだったり、大事な話があると伝えてから時間を置いてだったり、そういう雰囲気になったからだったり……
ともかく、いきなり告白されるというケースは稀……だと思っている。
昨今はSNSなどを使用しメッセージで告白するのが主流らしいが、それだって前段階はあり、いきなり告白することはないのではないだろうか。
……なんにしても、この場で回答できることは限られている。
好意にありがとうと受け取ることはできても、応えることは不可能だ。
現状、渡瀬に対する恋愛感情はない。
後輩としては信頼しているし、性格や見た目についても間違いなく好みの部類ではあるのだが、それだけで恋愛感情を持てるほど俺は純粋にできていないのだ。
これはそういった純粋な人間を見下したり馬鹿にしているのではなく、単純に自分が面倒で厄介な性格をしていることを自覚しているというだけの話である。
とりあえず付き合ってから考えるといった柔軟さは、俺にはない。
しかし、それは俺と似ている渡瀬であれば百も承知なのではないだろうか?
少なくとも、ここで俺から色よい返事を期待しているとは思えない。
……ってそうか、渡瀬は好きとは言っても付き合って下さいとは言っていない。
つまり、現時点では自分の気持ちを伝えた――私はアナタを好きだと宣言しただけだ。
ここまで考えを巡らせて、ようやくそこに気付くとは……
自分では冷静なつもりだったが、どうやらしっかりと動揺していたらしい。
「……気持ちはありがたく受け取っておこう。しかし、わかっているとは思うが、現時点で渡瀬の気持ちには応えられないぞ?」
「……はい。これはあくまでも、私のお気持ち表明ってだけです」
「その言い方だと語弊がある気がするが……」
昨今よく目にするようになった「お気持ち表明」という言葉は、
主にネガティブな意味合いで私見を述べることを、皮肉を込めて「お気持ち表明」と呼ぶ。
確かに告白も文字通り「お気持ち表明」ではあるのだが、そう表現してしまうと流石にイメージが悪い。
「いえ、でもなんか、この流れで告白するのは自分でも流石にアレ過ぎたなとちょっと後悔してまして……」
俺が黙って頭を働かせている間に、渡瀬は段々と気まずそうな顔になっていった。
アレはそういった心情の表れだったらしい。
「今話したように私って暗い学園生活を送っていたので、告白自体初めてだったんですよ。だからと言うか、そもそも告白する気なんて全くなかったんですけど、なんか感情が
本人も意図していないのであれば、俺が予測できるハズなどない……か。
しかしそれは、恐らく飾ることない本心であったということでもある。
我ながら単純だが、それだけで少し心が動かされるような気がした。
……まあ、それでも恋愛感情にまでは結び付かないが。
「あの、本当に、今すぐ何かの答えを求めているとかじゃないので……。ただ、せっかくなので、もう少し私のことも意識してくれたら――」
「准ちゃん! 鏑木先輩! こんな所で二人でナニやってるんですか!? もしかして、私をのけ者にしてエッチなことをしてたんじゃ!?」
「と、智ちゃん!? ち、ちが、私はその、先輩にもっと私を知ってもらおうと――」
「ゆ、誘惑してたってこと!? 准ちゃんが、まさか抜け駆けするなんて!?」
「柏木、迷惑になるからもう少し声量を落とせ」
さっきまでの少し気まずい空気が、柏木の登場により一気に吹き飛ばされる。
相変わらずの
「ッくしゅん!」
「あ、准ちゃん、もしかして湯冷めしたんじゃない? お風呂上がりにこんな所で話し込んでるから~」
「うぅ……、そうかも……」
実際、くしゃみが出たからと言って風邪の前兆だと断定できる理由にはならないが、湯冷め自体はあり得ない話ではない。
空調がしっかりしているとはいえ、ここは出入り口が近いため外気が入りやすい。
火照った体には丁度いいが、長居すれば逆効果になる。
「ホラ准ちゃん! いったん部屋に戻ろ! 鏑木先輩とは夕食のときまた会えるんだし!」
そう言って柏木は渡瀬を立たせ、グイグイと背中を押していく。
しかし、そうしながらも柏木は首だけ一瞬振り返ってから「べー!」とでも言うように舌を出して見せる。
正直どんな感情でそんな素振りを見せたのかは不明だが、なんとなく全て見透かされているような気分になった。
◇
夕食の時間には嶋崎先輩も合流し、旬のメニューを堪能した。
流石に渡瀬とは少しギクシャクしたが、柏木が間に入って騒いでいでくれたお陰で気まずい雰囲気にはならなかった……と俺は思っている。
もしかしたら柏木は意識して雰囲気づくりをしてくれたのかもしれないが、普段のノリも大差ないため判断がし辛い。
なんにしても助かったことは間違いないので、あとで何か差し入れでもしてやろうと思う。
そんなことを考えていると、タイミングよく柏木達からメッセージが飛んでくる。
「嶋崎先輩、柏木達から今から飲まないかと誘いがありましたが、どうしま――」
「そうかそうか、じゃあ行ってくるがいいさ。どうせ俺はお呼びじゃないしな!」
「一応先輩達と書いてあるし、そんなことはないと思いますが……」
「そんなことはある! 未だに俺だけ連絡先を教えてもらえていないのが何よりの証拠だ!」
そうだったのか……
柏木は誰とでもポンポン連絡先を交換しているイメージだったので、嶋崎先輩とも普通に交換しているものと思っていた。
「それに、俺は動画の編集とブログの更新が忙しい。飲んでいる時間はないのだ!」
嶋崎先輩は、部屋に戻ってきてからずっとノートPCを弄っている。
盗撮画像の編集でもしているのかと思い心配になったが、話を聞くとどうやら嶋崎先輩は一人で別の聖地巡礼をしていたらしい。
実は富山を舞台にしたアニメや漫画はそれなりにあるらしく、個人的にチェックしていたのだそうだ。
そんなことなら俺達も誘ってくれればと言ったのだが、タイトなスケジュールだったため俺達は邪魔だったと言われてしまった。
中々辛辣な物言いだが、確かに柏木や渡瀬を連れた状態でスケジュール通り観光するのは困難だと身をもって体験しているので、何も言い返せない。
「わかりました。じゃあ、俺は少し行ってきます」
「ああ。あとでレポートは提出しろよ」
一体何のレポートだ……と思ったが、とりあえず無視して部屋を出る。
そして念のため、盗聴器がしかけられていないかチェックを行ってから、柏木達の部屋に向かった。
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