第33話 告白



「……以上が、私の高校時代に起こったことの全てです」


「……全て? いや、ちょっと待て、今のは1年生後半とか2年生のことじゃないのか? その後も1年以上は時間があったハズだ」



 相当なリスクを負ったとはいえ、それでイジメが終息したのであれば不幸中の幸いと見ることもできる。

 流石に同情する声もあっただろうし、クラス替えも挟めば三年間ずっとハブられ続けたということはないハズ……いや、ないと思いたい。



「それが、本当に何もなかったんですよ。私の画像が流出した件で陰口とかは減ったんですけど、結局のところ腫物扱いは変わりませんでした」


「クラス替えのタイミングで改善されなかったのか?」


「ウチの学校って、2年から3年に上がるタイミングでクラス替えがないんですよ」



 ……そうか。確かに、そういう学校もそれなりに存在するとは聞いている。

 特に私立の場合は、科の定員の関係で最初からクラス替えを行わないというケースもあるらしい。



「……まあ、それは大した理由じゃありませんよ。実際、元々仲の良かった子達はその事件のあとに、無視してたことを謝りに来てくれましたから。……ただ、私がそれを拒絶したってだけの話です」


「……」



 客観的に見れば、実に難儀で不器用で、非常に厄介な性格だと思う。

 しかし、俺の主観的に見れば、とても共感のできる話であった。


 理由は簡単である。

 ……何故ならば俺もまた、渡瀬と同じタイプだからだ。



「本当、面倒くさい女ですよね……。人にも自分にも嘘をつくのが苦手で、自分から折れることがない頑固者とか、将来絶対老害って呼ばれるタイプだと思います……」


「……俺から見れば、少なくとも今の渡瀬はそんな頑固者に見えないが」


「あはは……、そう言ってもらえるなら、自分を変える努力した甲斐がありましたね。……でも、人はそんなに簡単には変われないです。見えないように土で覆い隠すことはできますが、根っこの部分は中々変わらないものですから」



 否定してやりたいところだが、嘘をつけないのは俺も一緒であるため何も言えなかった。

 いや、黙っていられただけ、俺も少しは成長しているのかもしれない。

 何故ならば、俺は渡瀬の考え方にむしろ共感する立場であり、思わず同意してしまいそうだったからだ。


 人が変わることはない――とまで言うつもりはないが、人生を塗り替えるレベルの出来事がなければ変わることはないと思っている。

 自制心を高めることでほとんど表に出さなくすることは可能だが、完全に心を入れ替えることは普通に生きているだけでは不可能だ。

 変われると思っている人間は、実際に変われた稀有な例ばかり見ているだけ……というのが俺の持論である。



「……渡瀬の自己評価があまりにも低い理由がわかった気がするな。しかし、ならばこそ何故、それを俺に話したんだ?」



 渡瀬は、素材だけであれば柏木に全く引けを取らないほどの容姿だし、スタイルもかなり良い。

 これは周囲の評価だけではなく、本人にその自覚だって間違いなくあるハズだ。

 しかしそれでも、内面だけで自己評価がマイナスになるほど、自分の中身を嫌っている。

 ……だからこそ、改めて理解できないと思ったのだ。


 それほど自分を嫌っているのであれば、同情を引くやり方は悪手になるとわかっていたハズだろう……と。



「最初に言った通りですよ。私は、先輩の同情を誘うため、自分のことを話しました。だって、先輩は……、私と同じだから」


「……」



 ぐうの音も出ないとは、まさにこのことだろう。

 それは渡瀬の話を聞いて、俺自身ヒシヒシと感じていたことだからだ。

 ……渡瀬は、間違いなく俺と似ている。



「ふふっ、でも、完全に同じだとは思っていませんよ? だって先輩は、私よりずっと強い人ですから」


「俺が、強い……? それは、肉体的な意味でか?」


「いいえ、内面の話ですよ。私、今でも嘘をつくのは苦手な頑固者ですけど、先輩が言ってくれたように自分を偽る努力はして、なんとか愛想笑いを浮かべてやり過ごせるくらいの処世術は身に付けたんですよ。気を緩めると、さっきみたいに気持ち悪い笑い方になっちゃうんですけどね」



 確かに、渡瀬は日頃からよく愛想笑いを浮かべている印象が強く残っている。

 まさか、あれが実は努力の賜物だったとはな……

 そして、あの不気味な笑い方はその副産物、と。

 ……なんだか、結果的にマイナスになっている気がするが、今はスルーしておくとしよう。



「でも、先輩は自分を偽らず、ありのままの自分で生きているじゃないですか。それに気づいたとき、この人はなんて強い人なんだろう……って思いました。……だから凄く、憧れたんです」


「いや待て、それは完全な勘違いだ。俺はただ不器用なだけで、渡瀬のように柔軟に立ち回れなかっただけだぞ。強くなんて決してない。むしろ自分を曲げれない、変えようとしない、弱い人間だ」


「違いますよ! 私は弱いから、自分を偽らざるを得なかっただけです! でも、先輩は強かったから、自分を偽らないでも問題なかったんですよ! 今こうして普通に生活できているのが何よりの証拠です!」


「だから、それは――」



 ……いや、ここで俺がどう否定しても、恐らくは無駄なのだろう。

 基本的に、自己評価と他人の評価が完全に一致することはほぼあり得ない。

 少なくとも、渡瀬には俺がそう見えており、渡瀬の中で事実となっている――それだけのことだ。



「……すいません。自分の理想像の押し付けだってことは、わかっているんです。でも、憧れる気持ちは消せません。だって、先輩は、私がなれなかった理想の姿を、体現しているんですから……」



 そう言って、渡瀬は俺の手を握り、真剣な目で見つめてくる。



「先輩……、いえ……、鏑木、一誠さん……、私は、アナタのことが…………、好きです」





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