第30話 渡瀬の過去③



 女子中学校に入学した渡瀬は、同時に寮に入ったようだ。

 正直、中学一年から親元を離れて生活するのは早すぎるイメージがあるが、逆にいつからなら早くないかと問われれば、俺にははっきりと答えることはできない。

 つまり、その程度の薄っぺらいイメージでしかないということであり、実際は本人の資質や家庭の環境に大きく左右されるのだろう。


 それを踏まえれば、渡瀬が寮に入ったのは正解だったのかもしれない。

 中学生の頃ならまだまだ親が教えることやサポートすべきことは沢山あるので、一般的に見れば早いと思われるだろうが、渡瀬の場合はシングルファザーなのでそれが当てはまりにくいのだ。


 普段仕事に出ていることもあり満足にサポートやコミュニケーションを行えず、本来同性の大人である母親が教えられるであろうことを教えることもできない。

 であれば、同性のサポートを受けやすく、自立した生活を学べる女子寮という環境の方が、渡瀬にとっては良い結果をもたらしたのではないだろうか。

 そして、仕事が忙しく子どもの面倒が中々見れない父親としても、渡瀬の入寮はかなり助かったハズだ。

 まあ、お互いに不安はあっただろうが、結果的にはwinwinと言ってもいいだろう。



「そんなワケで、最初はかなり戸惑いましたけど、寮生活は意外と充実してました。元々洗濯とか家事関係も自分でしていたので、私は特に苦になりませんでしたし」


「渡瀬がしっかりしているのは、そんな頃から自立した生活をしていたからなんだな」


「そ、そんな、私、別にしっかりなんてしてませんよ……」


「いや、間違いなくしっかりしている。俺は大学で渡瀬よりしっかりしている女子を知らない」


「っ!? え、えへ……、そう、ですか?」



 渡瀬は喜んでいるような、疑念を抱いているような、複雑な表情をしている。

 最近では減っていたが、出会った頃は頻繁にこの表情を浮かべていた。

 こんなことを女子に言うのは忍びないが、正直不気味である。

 この表情こそが、渡瀬に誰も寄り付かなかった真の原因なのでは……、と俺は思っている。



「そ、それで、寮生活はって言いましたけど、学園生活の方もそれなりに充実してました。みんな基本的に穏やかで優しかったですし、友達もすぐにできました。正直、嬉しい誤算でしたね」


「嬉しい誤算?」


「はい。私も初めての女子校生活が始まるということで、事前に色々調べていたんですよ。それで、色々と酷い話も目にして……。あの、先輩は女子校って聞くとどういうイメージがありますか?」


「……中々に答えづらいものがあるな。まあ、よく耳にする話だと、男の目がないから下品だったりだらしなかったりだとか、女子同士で恋人になったりとか、……あとはイジメが過激とかだな」



 昔から女子校の話というとこの三つを耳にしやすい。

 フィクション作品でも題材にされやすいテーマだ。

 そういった作品を俺は読んだことがないが、読んでいる女子から話を聞くことはあった。


 特にイジメに関しては、実際に受けた本人から話も聞いているだけに、正直思い出すだけで反吐へどが出るような気分になる。



「やっぱり、そうですよね。だから私も、同じイメージだったんですよ。……でも、実際にはちょっと違ってて、確かに下品な会話とか、カッコいい女子の先輩が好きって子はいたんですけど、イジメに関しては大したことなかったんです」


「そうなのか?」


「はい。多分、実際にイジメが酷い女子校はあると思うんですけど、それこそ学校次第というか、偏差値次第というか、かなり差があると思うんです。何事もない平和な学校からはそんな話題が聞こえないからこそ、過激な話題が目立つんだと思います……」


「……成程な」



 まあ、それは確かに、そういうこともあるかもしれない。

 人間性に偏差値は大きく関係ないと思うが、実際に偏差値が低い学校ほど治安が悪くなりやすいというのは事実である。

 今どきは頭の良い不良も一定数存在するが、それはあくまでも個人レベルの話であり、不良が多いと噂になるような学校は大抵偏差値が低い。

 そしてそういう学校であれば、過激なイジメがあったとしても不思議ではない。……納得はしたくないが。


 ネットでもなんでも、平和だとか何事もないことをワザワザ声高々に訴えたりはしないだろう。

 下品なことでも、色恋沙汰でも、イジメでも、より目立ち耳に入りやすいのは過激な内容ばかりだ。


 そしてそれを聞く(見る)側も、過激な内容の方がより印象に残りやすい。

 結果として、たとえ八割がた平和であったとしても、残りの二割で悪いイメージを持たれるということが多々ある。

 女子校の印象についても同じことが言えるのかもしれない。



「まあでも、それは中学までの話で、高校に上がってからは結構雰囲気が変わって……」



 そう言って渡瀬は、再びヒクヒクと不気味な半笑いを浮かべる。



「雰囲気が変わったとは、具体的にどう変わったんだ?」


「えっとですね……、これも学校によって違うとは思うんですけど、私の通う学校はある程度外部入学も受け入れていまして、高校から入ってきた子達がそれなりにいたんです……」


「それは……、中高一貫校の内部生と外部生の壁ってやつか」



 中高一貫校に外部受験して入ると、内部生と壁ができやすいというのはよく聞く話だ

 そもそも外部生と内部生は別クラスで分けるという学校も多いらしい。



「はい……、まあ壁というか、派閥みたいなのは自然とできましたね。女子校って外部生を受け入れないところもあるんですが、私の通ってた学校はその辺緩い感じでして、一年の頃から一緒のクラスに編入されたんですよ。それがまあ、良くなかったというか……」



 渡瀬はそれが余程嫌だったのか、苦いものを噛み潰したような顔をしている。



「……女子だけの世界って、社会的に見ればかなり特殊な世界じゃないですか。そんな世界で生きてきた子達にとって、外から来た女の子達はどこか大人びて見えたんですよね。それに、そのくらいの年齢って一番恋愛事に興味ある時期だから、一部の女子からチヤホヤされ始めたんです」


「それは少し意外だな」



 俺が聞いた話だと、学力の差だったり、環境や考え方の違いで互いを避けあうことが多いらしいが……

 女子校と共学では、話が変わってくるということだろうか。



「まあ、あまり一般的ではないかもしれません。私のクラスだけだったっていう可能性もありますしね。……ただ、結果として私のクラスでは外部生がチヤホヤされ、なんと言うか、恋愛マウントみたいなのを取るようになったんです」



 恋愛マウント……

 なんとなく想像できる話だ。

 男でも、彼女持ちや非童貞がマウントを取ってくるなんてことは本当によくある。



「実際に彼氏持ちの子もいて、その……、エッチな話もよくしていました」


「……いや、恥ずかしいならワザワザそこについては触れないでもいいぞ」


「は、はい……」



 自分で言って顔を赤くするのは反則というか、どこかズルさのようなものを感じてしまう。

 俺は何も悪くないハズなのに、謎の罪悪感を覚えた。



「えっと、それで私、そっちの派閥には関わらないようにしていたんですけど、ある日席替えで外部生の子と隣同士になってしまって……」



 聞かずともわかる、嫌な予感しかしない展開だ。



「元々私って男の子を避けて女子校に入ったワケで、正直そんな話をされても困ってしまって、つい言ってしまったんです。そんな下らないこと・・・・・・・・・に、興味ありませんから、と」



 俺は思わず目頭を押さえ、首を横に振った。

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