第29話 渡瀬の過去②
「その男の子――川上君っていうんですけど、川上君が庇ってくれた次の日以降、男子からの嫌がらせは減りました。そして逆に、女子からの嫌がらせが増えたんです」
「……まあ、話の流れ的にそういうことなんだろうな」
女子のイジメは容姿や男絡みから発生しやすい――と聞いたことがある。
それ以外のケースでは滅多に発生しないようで、実は女子だけであれば平和なことが多いようだ。
もちろん例外はあるだろうが、余程歪んだ家庭環境でもない限り、女子の攻撃性や嗜虐性が高まる可能性は低いと言える。
「はい。まあ小学生女子の嫌がらせなんて実際大したことないんですけど、物を隠されたり落書きされたり、下駄箱や机にゴミを入れられたりっていう定番の嫌がらせは一通り受けました」
「俺からすれば、十分大した内容に思えるが……」
「あはは……、精神的には確かにキツかったですけどね。でも、肉体的な嫌がらせはなかったので、我慢はできました」
渡瀬の言うように、イジメはエスカレートしていくと暴力にまで発展する。
それは純粋な暴力だけではなく、性暴力も含めた話だ。
裸の写真を撮られたり、売春をさせられたり、より過激になると性器をズタボロにされたり、子どもを産めない体にされたというケースもある。
あまり明るみに出ないのでフィクションの中だけの話と思う人間も多いが、こういったイジメ――いや、犯罪は、実際にあちこちでおきているのだ。
……俺はそれを、実際目の当たりにしたことがある。
ここまでくると男同士のイジメでもあり得ないレベルになるため、女同士のイジメの方が恐ろしいとさえ言える。
ただ、流石に小学生でそのレベルのイジメはありえないと思うので、納得こそできないが渡瀬の言うように我慢できるレベルに収まっているということもある……と願いたい。
しかし、女子は精神的にも成長が早いというが、その年齢から男関係でイジメにまで発展するものなのか……
少なくとも俺の子ども時代の男子は、誰かに好意を持っていることを知られるのは恥ずかしいというタイプが多かった気がする。
「ただ、やっぱりお母さんがいないっていうのは結構大きくて……」
「……確かに、同性の相談相手がいないというのは辛いかもしれないな」
「いえ、それもなんですが、そもそもお母さんが原因の悪口も多くて……。お父さんが自分から吹聴することはなかったと思うので、恐らくは推測なんだと思うんですけどね。不倫するような尻軽女の娘だとか、淫売とか、
「それは……」
親同士の交流があるのであれば、食事や一緒に飲んだ際などにポロっと口を滑らしたという可能性はある。
しかし恐らくだが、渡瀬の言うように奥様方の憶測で色々噂されていたのではないだろうか。
これには根拠があって、単純にシングルファザーになるということ自体がかなりのレアケースだからだ。
離婚した際、ほとんどの場合子どもは母親が引き取ることになる。
これは子どもが母親についていくことを望みやすいというのもあるが、単純に親権を争った場合9割以上の確率で母親が勝つと言われているからだ。
裁判所が親権者を決める一番の基準は「子どもの幸せ」らしいのだが、その場合結果的に母親が育てた方が良いと判断されるのだという。
つまりシングルファザーとなるケースは、死別した以外の場合ほとんどが母親側になんらかの問題があったからということになる。
そしてその問題だが、病気や怪我を理由に離婚をすることは基本的にできないし、母親側に経済力がなくとも養育費については父親側にも支払う義務が発生することから金銭面も理由になりにくい。
……普通に考えれば、不倫で出ていくなどして、自ら親権を放棄したとしか思えないのだ。
「小学生が口にするような言葉じゃないな。恐らくは、親の言葉をそのまま使っているといったところか」
「まあ、今はネットが使えればなんでも調べられますので絶対そうだとは言えませんけど……、多分そうなんでしょうね。実際、私を見る他のお母さん方の視線からは侮蔑みたいな感情も感じましたし、PTAでも私に問題があるんじゃって意見があったみたいですから……」
事情のありそうな家庭の話題というのは、母親同士の集まりでは格好のネタにされやすい。
特に小学生時代はそういった親の交流が活発なので、授業参観などに参加しない親はすぐに話題にされる。
他所の家庭の不幸をネタにするのは悪趣味と言えるが、そういったゴシップのような話題が好きという人間は実際かなり多い。
それは暴露系のSNSやYoutubeなどの視聴者数を見れば一目瞭然だろう。
大人なのだからもう少し良識やモラルを持ってくれと思いたいところだが、小学生の親は20~30代前半と若い世代が多く、まだまだ学生感覚が抜けきっていない者も少なくない。
あくまでも想像に過ぎないが、渡瀬家を見る周囲の目線は中々に厳しいものだったのではないだろうか。
「……やはり、川上というヤツは助けてくれなかったのか?」
「私も頼らなかったし、絶対に気付いていないと思いますよ。女子のイジメって、基本的に男子に見られないところで行われるので」
「だろうな」
そう思ったからこそ、やはりと前置きしたのである。
実際俺もそうだったからわかるが、女子のイジメに男子がリアルタイムで気づくことはほぼない。
彼女がいれば彼女経由で聞くこともあるかもしれないが、大抵の場合同窓会などの飲みの席で初めて知ったというパターンになりがちだ。
だから、小学生の川上少年には知る由もなかっただろう。
「最終的にはお父さんにも相談したんですけど、仕事もあるので時間があまり取れなくて……」
「いや、それは言い訳にならないな。娘のためであれば、仕事を休んででもなんとかするべきだろう」
「……そうできたのであれば良かったんでしょうけど、お父さんはその頃ブラック気味な企業に勤めていたことと、お母さんに裏切られて、その、結構心を病んでいまして……」
「……最悪の悪循環だな」
柏木の話も大分重かったが、渡瀬の方も相当だぞ……
俺も人のことは言えないとはいえ、二人の境遇に比べればはるかにマシのように思える。
そういえば沼田の家も複雑な事情があると言っていたし、ウチのゼミって実は不幸体質の集まりだったりするのか?
「そんなワケで小学生時代はずっと我慢して、中学校は男子のいない女子中学を受験したんです」
「なるほどな」
イジメの実行犯は女子でも、根本原因が男子だったのだから、それを避けるのは良い対処法に思える。
しかし、それで解決……ならいいのだが、恐らくそうはならなかったのだろう。
何も問題がなかったのであれば、渡瀬が今共学に通っている説明がつかない。
俺はゴクリと唾を飲み込み、渡瀬の話の続きに備えた。
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