第28話 渡瀬の過去①



 コホン、と咳払いしてから渡瀬が話し始める。



「私って、中高は女子高だったって話しましたよね?」


「ああ、出会ってすぐくらいの頃に聞いたな」


「はい。それってつまり、小学校の頃は普通の共学校だったってことなんですけど、実はその頃少しイジメを受けていまして……」



 ……柏木の件もそうだが、こちらもまたセンシティブな内容のようだ。



「もしかして、その原因が男子だったということか?」


「……まあ、そうなりますね。ただ、直接的なイジメは女子の方が多かったと思います」



 原因は男子だが、直接的にイジメてきたのは女子ということか?

 中々に面倒そうな構図が思い浮かぶ。



「私ってその、今と同じで地味だったんですけど、発育は普通の子より良かったみたいで、小学校高学年になる頃には……、胸も大きくなってまして……」


「…………」



 俺の小学生時代も、発育の良い女子は何人かいた。

 普段着のときはそうでもないが、体育のときなどはかなり目立っていたのでよく覚えている。



「男の人にはわからないかもしれませんけど、ブ、ブラジャーを付け始めるタイミングって結構難しくて……。特に私みたいに成長が早かったりすると、悪目立ちするんです」


「まあ、俺の子どもの頃にも成長が早い女子はいた。しかし、そういう場合は親や教師がしっかりチェックしてて、すぐに買ってもらっていたイメージがあるが……」


「女の先生だったら注意してくれるのかもしれませんけど、小学校時代の私の先生はみんな男の人だったんです。親については……、実は私の家って親が離婚していまして、お母さんがいないんです……」


「っ!」



 それは初耳だった。

 渡瀬は実家暮らしだし、てっきり恵まれた家族環境にあると思っていたが……



「お母さんは、私が小さい頃に……、不倫して出ていきました」


「そうだったのか……」



 柏木とは逆のパターンで、母親の方がクズだったというワケだ。

 あっちは借金を残して失踪しているのでよりタチが悪いが、他所で男を作って子どもを放って出ていくというのも十分悪質と言えるだろう。



「そんなワケでして、私はお父さんに男手一つで育てられたんです。だからそういう、女の子の問題には疎くて……」



 それはそうだろう。

 男はいくつになっても、女のことを完璧に理解することはできない。

 それが年齢差のある子どものこととなれば尚更なおさらだ。



「言い出せなかった私も悪いんですけどね。でも、そういうのを伝えるのって、たとえ親であっても恥ずかしいんです」


「それならば理解できる。男にも親に言えないような体の悩みはあるからな」


「そうなんですね……。それで、だからまあ、問題が発生したんです」



 そう言って渡瀬は一旦口を止める。

 話の流れからして、口に出しにくい内容なのだろう。



「無理に話さなくてもいいぞ。鈍い俺でも、なんとなくは察せられるからな」


「……ありがとうございます。でも、それだときっと、智ちゃんには勝てないので」


「いや、そういう問題では……」


「そういう問題なんです! だって智ちゃん、絶対こういうこと隠さないタイプですもん!」



 まあ確かに、アイツは普通なら言うのを躊躇うような内容を、酒の力を借りてとはいえ平気な顔で話してきた。

 もちろん全てを語ったワケではないだろうが、それでも普通に衝撃を受ける内容だったのは間違いない。



「柏木は柏木だ。別にそんなところで競ってもしょうがないだろう」


「智ちゃんは強敵です! だったら、私も全力で立ち向かわないと!」



 渡瀬って、もしかして結構バトル脳なのか?

 スポーツをやっていなさそうなのに、スポーツマン向けの思考をしている気がする。



「話を戻しますね。問題が発生したってことについてですが、何が起きたかというと、その……、一部がですね、浮き出ちゃったんですよ」


「…………」


「あっ! 勘違いしないでくださいね!? その、エッチなことを考えていたとかじゃなくてですね? 体育とかだと、結構激しく動くじゃないですか! だからその、擦れたというか――」


「いや、それ以上言わないでいい。俺も実際にそういう場面は見たことがあるから想像はつく」


「そ、想像できちゃいますか!?」


「……いや、やはり何も想像できないから気にしないでくれ」



 下手にフォローをしようとして、藪蛇になってしまった感がある。

 もう少し慎重に言葉を選ぶようにしよう……



「じゃ、じゃあ続けますけど、今説明したように私は別にエッチなことなんて考えていなかったんですけど、それを見た男子がエロ女だとかムッツリスケベだとかはやし立ててきて……」



 まあ、よくある話ではある。

 小学生の男子には悪ガキも多いし、女子に対して平気で下品なことを言ったりするのは日常茶飯事だ。

 ……いや、今はわからないが、少なくとも俺の時代ではいたって普通の光景だった。

 小学校高学年ともなれば少しは落ち着く……なんてことはなく、変な知識をつけてより過激な発言をするガキも多い。

 それに、兄や若い親からそういったエロい知識を植え付けられるケースもあるので、完全に悪ガキだけに原因があるとも言いきれなかったりする。



「それは……、辛い思いをしたな」


「……はい。それで男の子が苦手になったのは、間違いありません。ただ、私が女子校に通うようになった原因はそれだけじゃないんです」


「そうなのか?」


「はい。実は、そんな風に男の子たちから弄られるようになった私を、助けてくれた男の子がいたんです」


「ほぅ、それは凄いな。小学生でそういう行動をとれる男子は中々いないぞ」



 小学生男子は、基本的にノリやその場の雰囲気で行動することが多い。

 結果的にイジメと自覚しないままエスカレートしていくため、その流れに逆らうというのは簡単にできることじゃなかったりする。

 余程育ちが良いか、精神面の成長が早く自己判断力に優れている者でなければ、そんな行動には出られないだろう。


 しかし、ここだけ聞けばただの美談になってしまう。

 話の流れ的にそれは不自然なので、恐らくそのあとに何かあったのだと予測できる。

 そもそも渡瀬は最初に、直接的なイジメは――



「はい。私も少し感動して、その男の子のことをカッコいいなって思いました。……実際、その男の子は顔も美形で、性格も良くて、スポーツも万能でした。だから……、凄く女の子にモテたんです」



 ……成程、そういう流れになるのか。

 少し胃がキリキリしてきたぞ。



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