第27話 俺は押しに弱いのかもしれない



 俺が大人しく隣に座ると、すかさず渡瀬が身を寄せてくる。

 その瞬間、自分のとは異なる甘い石鹸の香りが漂ってきた。

 同じホテルなのだから当然同じ石鹸を使っているものと思ったが、どうやら渡瀬は自前の石鹸やシャンプーを用意していたようだ。

 あるいは、柏木に借りたか……

 いや、渡瀬に限らず女子はみんなそうなのか?


 チラリと渡瀬を見ると、丁度渡瀬の胸の谷間が視界に入る。

 このまま見続けていたい欲を抑え込み、視線を正面に固定した。



「……それで、話とは」


「単刀直入にお尋ねしますが、智ちゃんのことをどう思っていますか?」


「…………」



 今日の渡瀬はこれまで以上に対抗意識を燃やしていたので何となく予測はしていたが、やはり柏木のことについてか。

 しかし、この問いについて俺はどう答えるべきか、中々に悩ましいものがある。



「先輩は以前、智ちゃんのことが気に食わないと言っていましたが……、今はそんなことありませんよね」


「まあ、な」



 俺は以前、男を侍らせ当たり前のように飯を奢らせている柏木に対し悪印象を持っていた。

 しかし、直接関わることで柏木にも事情や背景のようなものがあることを知り、その悪印象も大分薄れた。

 今でも気に食わないのは間違いないのだが、アイツなりの不器用な処世術だと思えば同情心も湧いてくる。

 それに、柏木には何故だか面倒を見てやりたくなる妙な魅力を感じることがある。

 自分でも不思議な感覚だが、世の中にはダメ男に尽くそうとする女子もいるので、俺も似たような性質を持っているのかもしれない。



「柏木は色々ダメなところも目立つし、男癖も悪く女の敵も多いメンドクサイ奴だが、意外と純粋なところもあって面白い女だとは思っている。それに、ああ見えて何故か性格も良い」


「……それは私も同意です」



 柏木は一見すると滅茶苦茶で、かなり尖った性格をしているように見えるのだが、実際に接してみると気遣いや思いやりのできるまともな性格をしている。

 実際は平均レベルかもしれないが、そのギャップのせいで良い部分が際立って見えるのだ。

 もしアレを狙ってやっているのであればかなりのしたたかさだが、恐らくは天然と思われる。

 外面だけでなく内面も男たらしな辺り、改めて小悪魔っぽいなと感じた。



「柏木をどう思っているかについては、それ以上でもそれ以下でもない。魅力的だと感じることについては否定しないが、恋愛感情に結びつくようなことはないな」



 性的な面において誘惑に屈しそうになることはあるが、それは恋愛感情とは言えないだろう。

 ほとんどの男は恋愛感情と性欲が直結していない。

 たとえ恋愛感情がなくとも、なんのリスクもしがらみもなくエロいことができるのであれば喜んでやるのが男だ。

 そして俺も、多分に漏れずそっち側の住人である。

 もし仮に、柏木に手を出しても俺の私生活やイメージに影響がないのであれば、俺はとっくのとうに手を出していただろう。

 ……モラル的に問題がなければ、の話だが。



「……先輩は嘘をつきません。だから信じ……たいのですが、正直私には、そうは見えないんです」


「……参考までに聞いておきたいんだが、どういう部分がだ?」


「上手く言葉にはしにくいんですが、何か智ちゃんに対して理解があるというか、甘さみたいなのを感じるというか……」


「……」



 そう言われれば、思い当たる節がないではない。

 俺は柏木の過去を聞いたことで、少なからずアイツの境遇に同情しているからだ。

 だから柏木が軽い我儘を言っても、つい許してしまうことが多々ある。

 こうなりたくなかったから酒に頼って記憶に残さないよう悪あがきをしたのだが、残念ながら記憶にはしっかりと残ってしまっていた。



「まあ、色々聞かされた関係で、同情心みたいなものはあると思っている」


「それは、クリスマスに智ちゃんの家でしたというお話ですか?」



 柏木……、あの日のことを渡瀬に言ったのか。

 変な誤解を招くし、口止めすべきだったか?



「柏木から聞いたのか?」


「はい、素敵なクリスマスだったと自慢されました」


「……一応言っておくが、俺は何もしてないからな?」


「先輩のことはその、信じています。でも、クリスマスプレゼントをあげたのは本当のことですよね?」


「それは、柏木が寒そうにしてたから、見るに見かねてというヤツだ」


「…………」



 俺がそう言うと、渡瀬は黙ってうつむいてしまった。

 一体渡瀬が今何を考えているのか、俺には全く想像ができない。



「わ、私も、過去の話をすれば、同情してくれますか?」


「渡瀬、それは――」


「わかっています! 智ちゃんは同情を引こうと思って先輩に過去の話をしたんじゃないってことくらい、私にだって!」



 それは、どうなのだろうか。

 確かにあの夜は話の流れからそんな話になったが、柏木は柏木で話す気満々だった気がする。

 まああの日は酒も入っていたし、同情を引く意思があったかどうかは不明だが……



「……智ちゃんは、私にも聞かれなきゃ話す気はない感じでした。だからきっと、先輩が聞くって言わなきゃ話さないと思うんです。多分」


「いや、それは何と言うか、柏木を美化し過ぎているぞ。あの日柏木は、自分から話したいと言っていた。それは間違いない」


「でも、普段の先輩なら、そう言われても聞く気はないって突っぱねると思います。そうしなかったってことは、少なからずほだされていたんじゃないですか?」


「…………」



 今度は俺が黙ることになってしまった。

 そう言われると、俺は間違いなく後輩に頼られて悪い気はしていなかった。

 いや、そもそもあの日柏木に付き合ったのだって、俺の中で柏木と過ごすのも悪くないと感じていたからに他ならない。

 俺は無意識化で、柏木に懐柔されていたのだろう。



「そう言われてみれば、そうかもしれない。少なくとも俺は、あの日先輩として柏木の話を聞いてやろうと思った」


「じゃあ、私の話も、聞いてくれますよね?」


「それは……」


「やっぱり、私は智ちゃんより、大事にされていません?」


「そんなことはない。俺にとって渡瀬は間違いなく大切な後輩の一人だ」


「っ! なら、何も問題ありませんね?」


「あ、ああ」


「では、宜しくお願いします」



 ……なんだか、前にも同じような流れがあった気がする。

 ひょっとして俺は、押しに弱いのか?




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