第26話 色気と迫力



 この合宿は文学研究の一環として、作品の舞台となる地に聖地巡礼をする――という建前で実施されている。

 つまり基本的にはただの旅行と同じなので、ほとんどが自由行動だ。

 だから普通はあり得ないと思いつつも嶋崎先輩の別行動を許可したのだが……俺は今、それを少し後悔していた。



「鏑木先輩! あのお洒落な店はどうですか!?」


「せ、先輩、私はあの落ち着いた雰囲気の店がいいと思います!」



 柏木は俺の右腕、渡瀬は左腕に腕を絡ませ、それぞれ自分の方向へグイグイと引っ張っている。

 これぞまさに両手に花状態なのだろうが、俺はこういったことに優越感を感じるタイプではないため、ただただ周囲の視線が痛い。

 富山県は田舎というイメージが強いし、実際本当に田舎なのだが、少なくとも富山市はそれなりに建物も立ち並んでいるし、人もそこそこいる。

 むしろ、都内にあるウチの大学周辺の方が余程田舎に思えるくらいだ。


 つまり人の目がそれなりにあるワケで、さっきからすれ違う人から度々険悪な視線を向けられている。

 それも、男女問わずに……


 柏木は学園のマドンナとして君臨するほどの美貌とスタイル、そして華やかさを持ち合わせた、見た目だけなら完璧と言える女子だ。

 そして渡瀬も、それに劣らぬレベルの美少女と言っていいだろう。

 特に最近は柏木から美容関連の知識を学んだのか、人目を惹くほどの華やかさを身に付けつつある。


 そんな二人を両手に侍らせているのだから、男から嫉妬の眼差しを受けるのは当たり前と言えば当たり前だ。

 そして女性からの視線までキツイのは、恐らく単純に女性二人を侍らしている時点で印象が悪いのだと思われる。



「……なあ二人とも、もう一度言うが、いい加減離れてくれないか?」


「ダメですよ! 今日は鏑木先輩が私達をエスコートしてくれる約束じゃないですか!」


「それはそうなのだが……」



 つい先程迂闊にも、「今日は私達をしっかりエスコートしてくださいね♪」という柏木のセリフに「ああ」と軽く返してしまったことが原因ではあるのだが、まさかこのような状況になるとは思わなかったのだ。


 エスコートという言葉は今じゃほとんど日本語化した言葉だが、元々はラテン語で「正しく導く」との意味の語句に由来した英語で、護衛する、付添人、警護、といった意味を持つ。

 それが転じて男性が女性を守るためにリードするといったニュアンスで使われるようになったという経緯があり、そういう意味ではこの言葉も変遷していったケースなのだろう。


 俺も先輩として後輩の女子を責任もって守護まもるつもりではあったのだが、ここまでベッタリとくっつかれるのは想定外であった。

 特に渡瀬についてはこれまでも適度な距離を守っていたし、最近はそれに加え少し避けられ気味だったというのに、一体どんな心境の変化があったのか……



「こんな見知らぬ土地で私達のような可愛い子が一人で歩いてたら、あっという間にさらわれちゃうんですからね? 目を離さないで、しっかり掴まえておいてください!」


「わ、私は別に可愛くないですけど、怖いので離さないでくださいね!」


「……富山はそんなに治安悪くないハズだぞ」



 富山は比較的治安が良いとされている県だ。

 いや、治安の悪いとされる東京や大阪だって攫われるような事件は滅多に起きない。

 ……まあ、たまに起きるから問題ではあるのだが。



「准ちゃん! 前から言ってるけど謙遜は嫌味にも聞こえるんだからね! 准ちゃんの見た目で可愛くなかったら、ウチの大学の女子のほとんどがブ……可愛くないってことになっちゃうんだから! ですよね!? 鏑木先輩!」



 恐らくはブスと言いそうになったのだろうが、ギリギリのところで踏み止まって言葉を選んだようだ。

 俺も人の容姿を貶すような言葉を口に出すのは嫌いなので、それだけで少し柏木に好感を持ってしまった。我ながら単純だ。



「そうだな。渡瀬は元々可愛かったし、最近はどんどん綺麗になってきている気がする。自信をもっていいと思うぞ」


「~~~~~っ!」


「鏑木先輩! 気がするじゃないです! 実際に綺麗になってますよ! 何せ私がプロデュースしてるんですからね!」



 やはり渡瀬が最近服装やメイクを気にし始めたのは、柏木の指導が入っているからのようだ。

 決して派手になり過ぎず、渡瀬の持ち味をしっかり活かしているのは流石の手腕と言えるだろう。

 柏木は将来美容系ユーチューバーなどをやっても成功しそうだ。



「まあそんなワケで二人とも目立つんだ。そこに俺を巻き込まないでくれ」


「何言ってるんですか? 鏑木先輩だって十分目立ってますからね?」


「ん? どういう意味だ?」



 確かに俺はあまり人相は良くないし、悪目立ちしている可能性はあるかもしれないが、柏木達ほど目立つ見た目はしていないハズだ。


「鏑木先輩ってスラっと長身だし、細身なのに肩幅広くてガッチリしてて、パッと見結構目立ってるんですよ? ね、准ちゃん!」


「え!? ……えっと、はい、私も……、そう思います」


「……それくらいじゃ目立たんだろう」



 顔のことかと思ったが、体格の方か……

 確かに俺は一般人よりかは鍛えている方ではあるが、長身と言ってもギリギリ180cm程度だし、最近はそのくらいのサイズはゴロゴロいる。

 正直、その程度で目立つとは到底思えない。



「目立つんですよ! 精悍な顔つきしてますし、なんか雰囲気があるんですよ! アスリートのオーラみたいなのが出てます!」


「先輩は、私が知っている男の人の中で、その、一番カッコいいです……よ?」



 褒められているのだろうが、今までそんな風に言われたことなど一度もないので困惑しかない。

 そもそも渡瀬は大学に入るまではずっと女子高だったという話なので、比較対象となる男が明らかに少ない気もする。

 ……とはいえ、いくら困惑の方が強かろうとも、おだてられて悪い気分にはなるほど卑屈ではない。



「二人とも口が上手いな。いいだろう、昼食は俺が奢ってやる」


「わーい! 鏑木先輩愛してます♪」


「そ、そんな悪いです……って愛!? 智ちゃん!?」



 そんな風にギャーギャーと騒ぎつつ、俺もなんだかんだそれなりに観光を楽しむことができた。





 ◇





 富山の名産である白エビを堪能したあとは、ガラス美術館などの観光名所を少し覗いてからホテルに戻ってきた。

 どうやらまだ嶋崎先輩は戻っていないようなので、先に温泉に入ることにする。



「ふぅ……」



 天然温泉ということなので、気持ち的に体に良いような雰囲気がある。

 実際にどの程度の効果があるかはわからないが、こういうのはプラシーボ効果も大きいので問題ないだろう。

 何種類かの風呂を楽しみ、ついでにサウナも堪能した俺は、少し涼むためにエントランスのある一階まで降りてきた。

 ホテル内は暖房で温かいが、玄関近くまで来れば外の空気が入るため多少涼しさを感じられる。



「あ、先輩……」



 エントランスホールの椅子に近づくと、渡瀬が一人ちょこんと座っていた。



「渡瀬も風呂上りか?」


「はい」



 浴衣姿でしっとりとした黒髪をかしている渡瀬は、妙な色気を発していて少しドキリとする。



「……柏木はどうした?」



 それを誤魔化すように柏木のことを尋ねると、一瞬渡瀬が視線を逸らした。

 しかしそれは一瞬で、渡瀬は少し苦笑いをして答える。



「智ちゃんは、美容のためにもう少し温泉とサウナを楽しむそうです」


「そうか。まあ柏木らしいな」


「…………」



 渡瀬は返事をせず、無言で俺を見つめてくる。

 珍しい反応なので俺も声を出せずにいると、渡瀬が自分の隣をポンポンと叩く。



「先輩、立ってないでここに座ってください」


「あ、ああ」



 な、なんだこの雰囲気は?

 今の渡瀬からは、色気に混じって妙な迫力がある。



「少し、お話があります」


「……」



 その迫力に気圧され、俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。












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