第22話 初詣⑤



「おい、近所迷惑だぞ」


「ア、アンタが変なこと言うからでしょ!?」


「別に変なことは言っていない。事実だ。ただ、最低だという自覚はある」



 自分で言っておいてなんだが、複数の女性に好意を持っているというのは一般的に見れば最低野郎と言えるだろう。

 ただ、一応自己弁護しておくと、俺の感情は間違いなく恋愛感情には至っていない。

 確実に好意は持っているが、それはあくまでも友人レベルである。



「……確かにアンタは最低だけど、男の中ではマシな方……だと思う」


「最低なのにか?」


「男は基本最低だから、その中ではってこと」



 中々に穿った視線というか価値観だとは思うが、俺としても自分より酷い男はいくらでもいると思っているので、少し安堵した。

 少なくとも俺は女を食い物にするようなことはしないので、そういった輩と同一視はされたくはない。



「一応確認するが、俺は沼田に嫌われていないってことであってるか?」


「……嫌ってたら、こんなことに付き合ったりするワケないでしょうが」


「そう思ってはいたが、不安もあったから一応確認したんだ。なんにしても、安心した」


「なんで安心するのよ」


「好意を持っている相手に嫌われていたらショックだろう」


「~~~~っ! そういうところが最低だって言うの!」



 自分が好んでいる相手に嫌われていたら普通はショックを受けると思うのだが、それで最低になるなら何が正解なんだ?

 沼田の好みは複雑すぎる……



「と、とりあえず確認するけど、アンタの言う好意っていうのはアレよね? 友達としてってことよね?」


「恐らくは」


「何よ恐らくって……」


「単純に自信がないんだ。俺はかつて一度だけ彼女というものがいたことがあったんだが、そのときも結局本当に恋愛感情があったのかわからなかった。好きだったことは間違いないんだが、ただ……」



 そこまで言って、俺は言葉を濁らせる。

 女子相手にハッキリと言うのは少々憚られる内容だからだ。



「ただ何よ……って! アンタ、彼女いたことあるの!?」


「意外か?」


「いや、私的にはそうでもないけど……、ってゴメン今のなし。やっぱ意外だわ」



 まあ、俺のような朴念仁に彼女がいたなどとは普通思わないだろう。

 しかし、俺にも思春期というものはあったし、年相応にがっついていた時代もある。



「俺も若かったんだ」


「年寄みたいなセリフ吐いてんじゃないわよ……。そ、それで、過去形ってことは、別れたってことよね?」


「ああ、高2のときにな。残念ながら半年ももたなかった。原因は俺で、見事にフラれた」



 苦い記憶――いや、俺自身はそれほど苦いとは感じていない。

 ただ、後悔はしている。彼女には……、悪いことをしたと。



「……別に答えなくてもいいけど、一応聞いておく。一体、何したのよ?」


「……具体的に何をしたかという内容については言えないが、まあ、単純に求め過ぎたというのが原因だと思っている」


「求めって……っ!? 求めってまさか、そ、そういうこと・・・・・・!?」


「沼田の想像している内容と一致しているかは不明だが、ハッキリ言ってしまえば、性行為だな」


「せ、せ、せ……」


「のよいよいよい?」


「違うわよ!」



 沼田が顔を真っ赤にして固まっていたので場を和まそうと柄にもなくボケてみたのだが、キレられてしまった。

 やはり慣れないことはすべきではなかった。



「はぁ……、はぁ……、ちょっと、その、驚いただけだから。アンタって、その手のことに興味ないと思ってたから」



 沼田は息をするのも忘れていたのか、少し呼吸を乱している。

 走っても滅多に息を乱さない沼田にしては珍しい光景だ。



「そうは見えないよう努めているが、実のところ俺は人一倍性欲が強い」


「……私はアンタのこと、僧か何かだと思ってたわ」


「それは偏見だな。実際の僧は高潔なんかじゃなく、金にうるさい者もいれば、酒好き女好きなどザラにいるぞ」



 生臭坊主という言葉があることからもわかるが、実際に品行の悪い僧というのは一定数存在する。



「一般的なイメージって話! でも実際、アンタはその子やあの女の誘惑に一切反応しないじゃない! それに、容姿を理由に手を出すことはないとか前に言ってたでしょ! (だ、だから、私にも手を出さなかったとか言ってたし……)」



 最後の方は声が小さくてほとんど聞こえなかったが、何を言いたかったかくらいは察せられた。



「それは単純に俺が我慢強いだけだ」



 俺はこの生き方を小学校時代から続けているため、自分を殺すことに関しては自信がある。

 ……まあ、思春期の頃は流石に制御しきれず、あんなことになってしまったのだが。



「……つまり、アンタはその、エロいことに興味がないんじゃなくて、我慢してるってこと?」


「そうだ」


「………………それは……、私の、ときも?」


「当然だ」


「~~~~~っ!」



 沼田の目が泳ぎまくっている。

 実はあの日、自分がそれなりに危うい状況だったということに今更気づいたといったところか。



「て、てことは、あの日あの女をアンタに任せたのは、結構マズかったってことじゃない……」


「確かに、少し危険ではあった。しかし、あの日は沼田に、手を出せば殺すと言われていたからな。流石の俺も、命と性欲を天秤にかければ命の方に傾く」


「あ、あれは冗談って言ったでしょ!」


「いや、冗談でも投げ飛ばされたら死にかねないからな?」



 投げ技というのは本当に危険で、地面で投げられれば死ぬ可能性は十分にある。

 死なずとも、半身不随など障害が残る可能性が高い。

 ……まあ実際は、投げられる心配よりも沼田の信頼を裏切る方が嫌だったんだがな。



「で、でもでも、私が何も言わなかったら、マジでヤバかったってこと? あ、危なかった……」



 今度は俺に言ったのではなく独り言のようだったが、丸聞こえである。

 しかし、少なくともあの時点では俺の柏木への印象は悪かったし、何も言われなくとも手を出すことはなかっただろう。

 ……今くらいの距離間であれば、正直危うかったと言わざるを得ないが。



「安心しろ。柏木は俺が手を出さないことをわかったうえで遊んでいるだけだ。流石に男慣れしているだけあって、ギリギリのラインを保っている」



 少なくともあの日以降、脱がしたり触ったりといった直接的な挑発行為はされていない。

 恐らく、何度かのアクションで俺が許容するギリギリのラインを把握したのだと思われる。恐ろしい女だ。



「あの女は、アンタの性欲を理解したうえでちょっかいかけてるってこと? ……頭痛くなるわね」



 実際、俺は頭を痛めている。

 せめて、あんな話を聞かなければ、もう少し心の距離感を保てたものを……



「でも、その子はアンタの本性を知らないで挑発してるってことでしょ? 大分ヤヴァイんじゃない? さっきとか股間に頭突っ込んでたし……」


「その話はやめてやれ。恐らく本人が一番ショックを受けている」


「いや、流石に本人が聞いている前ではやめておくけど……」


「もう遅い。……しっかり聞かれてる」


「っ!?」



 いつの間にか、渡瀬の幸せそうな寝息が聞こえなくなっていた。

 俺の言葉に反応してピクピクと動いていたし、まず間違いなく――狸寝入りである。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る