第19話 初詣②
沼田はやや剣呑な雰囲気を発しているが、軽蔑からくる敵意のようなものではなく、不安の意味合いが強そうな目つきをしている。
完全に誤解なのだが、どうしたものか。
一番いいのは繋いだ手を放して深い意味は無いと説明すればいいのだが、このタイミングでそれをすると渡瀬が凹む可能性がある。
それに加え、沼田を意識していると勘違いされる恐れもあるので得策ではない――可能性が高い。
ということで、俺は渡瀬と手を繋いだまま誤解を解くプランを選択した。
「誤解だ。これは人混みではぐれないように手を繋いだだけで、深い意味は無い」
「……アンタがそう言うならそうなんでしょうけど、その子は違うでしょ」
沼田にそう言われ、渡瀬は顔を真っ赤にして俯いてしまう。
これが柏木だったら「そうでーす♪」とか言って堂々としているのだろうが、
「あまりからかってやるな。それより、沼田こそこんな所で何しているんだ?」
「私は……、言ったでしょ、バイトよ」
確かにそう言っていたが、まさか巫女のバイトだとは思わなかった。
「全く……、なんでよりによってこの寺に来るのよ。去年はアンタの家の近くの神社だったでしょ」
「今年は目的があったのでな」
沼田の言う通り、去年は家の近くにある神社で年を越したのだが、今年は除夜の鐘を直接聴くという目的があったので寺を選んだ。
「だったら最初から言いなさいよ! 聞いてれば、絶対に来させなかったのに……」
「何故だ?」
「何故って、こんな格好見せたくないからに決まってるでしょ!?」
どうせ沼田は来ないと思っていたので、どこに初詣に行くかは伝えていなかった。
その結果、沼田は去年と同じ神社と思い油断したらしい。
「こんな格好などと卑下するな。はっきり言ってかなり似合っているぞ」
「っ!?」
巫女服は和装の一種なので、引き締まった体つきの沼田とは相性がよく、非常に見映えがいい。
沼田の髪型は金髪のロングのため大和撫子というイメージはないが、これはこれで和洋折衷となり魅力を増しているように思える。
「そ、そ、そ、そんなワケないでしょ!?」
「そんなワケある。なあ渡瀬?」
「え、あ、はい。沼田先輩、とっても綺麗です……」
「~~~~~っ!」
渡瀬にまで褒められたことにより感情が処理しきれなくなったのか、沼田は半ば強引に甘酒を押し付けると足早に立ち去ってしまった。
「そんなに恥ずかしがることでもないと思うがな」
「先輩! それは主観の押し付け的な考え方ですよ! 人によって感じ方なんてそれぞれです!」
「む……、確かにそうだな。気を付ける」
人の悩みを聞いて「そんなの大したことない」とか「その程度で」とか言ってしまう人間は多いが、渡瀬の言うように人によって感じ方はそれぞれ異なるのだから自分をベースに考えるのはご法度である。
本人にそのつもりがなくても、結果的に人を傷つけることにもなりかねないため、注意が必要だ。
「……まあでも、沼田先輩は先輩に似合っているって言ってもらえて、嬉しかったと思いますよ?」
「……それならいいんだがな」
俺は過去、沼田を褒め過ぎてキレられたことがある。
今回は渡瀬にも意見を求めたうえなので大丈夫だろうが、あとで小言を言われる可能性はあるかもしれない。
「さて、甘酒も貰ったことだし、端の方で鐘の音を聴くとしよう」
「あ、はい!」
あと20分ほどだが、人混みを離れて鐘の音をじっくりと聴きたかった。
◇
「除夜の鐘の音って、なんだか落ち着きますよね」
「そうだな」
俺はそれだけ言って会話を切り上げ、あとは黙ったまま鐘の音に意識を傾ける。
渡瀬には気まずい思いをさせてしまっているかもしれないが、今は煩悩を祓うのに集中したい。
しばらくそうしていると、一定の間隔で鳴らされていた鐘の音が止んだ。
「今のが、最後の一回だったみたいですね」
除夜の鐘は寺ごとに鳴らすタイミングや期間などが異なるが、この寺は比較的ポピュラーなタイプで大晦日に107回鳴らし、108回目は年を越してから鳴らす。
今のが最後の一回ということは、年が明けたということだ。
「あけましておめでとうございます! 先輩!」
「あけましておめでとう。渡瀬」
「へへへ~♪」
渡瀬は空になった紙コップで口を隠すようにしながら、嬉しそうに笑っている。
一体何がそんなに嬉しかったのか……
「なんでそんなに楽しそうなんだ?」
「だって、新年早々先輩にご挨拶できたんですよ?」
「いや、それの何が楽しいんだ?」
「わかってないですね先輩! 私は今、先輩が今年になって一番最初に挨拶をした人物になったんですよ!? それはつまり、先輩の今年一番になれたってことなんです! 智ちゃんでも沼田先輩でもなく、この私が!」
「お、おう」
確かにそうなのだが、そんなに力説するような内容なのか……?
俺の主観では大したこととは思えないが、渡瀬にしては珍しく語気が強いので何か重要なポイントなのかもしれない。
「それと同時に、先輩が私の今年初めての相手になったんです! だから、責任とってください!」
「っ!?」
そう言って渡瀬は、衝突するような勢いで俺に抱きついてくる。
体軸のトレーニングをしていたからよろめく程度で済んだものの、普通なら後ろに倒れてもおかしくない威力である。
「おい……、流石に今のは驚い……っ!」
「うへへ~♪」
俺の胸に頬擦りしながら幸せそうな笑顔を浮かべている渡瀬。
その普段とは違う大胆さと、先ほどの謎の言動から、一つの答えが浮かんでくる。
「渡瀬、お前……、酔っているな?」
「え~? 酔ってなんかいませんよ~?」
完全に酔っているヤツの返事であった。
原因は間違いなくさっき飲み干した甘酒だろうが、まさかその程度で酔うとは……
渡瀬は以前飲み会で酔いつぶれていたが、アルコールがとんでるハズの甘酒で酔うのであればあの泥酔っぷりも納得ができる。
この状態から察するに、恐らく渡瀬はウィスキーボンボン程度でも酔うタイプなのだろう。
「せんぱ~い、なんだか疲れて、足に力が入りませ~ん」
「だから、それは酔ってるからだ」
「違いますよ~、えへへ~♪」
今のは別に喜ぶポイントでもなんでもないのだが、渡瀬は嬉しそうに顔を摺り寄せてくる。
それと同時に押し付けられた双丘が、腹の辺りでぐにゃぐにゃとこねくり回され、複雑にカタチを変えていた。
(いかん……)
先程祓ったハズの煩悩が、再び俺の中で目覚めようとしていた。
煩悩を完全に祓うことは不可能とされているが、まさかこんなにも早く復活してくるとは……
これでは、何ために除夜の鐘を聴きに来たのかわからなくなってしまう。
(クッ……、どうすれば……)
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