第18話 初詣①
クリスマス以降、心なしか柏木から送られてくるメッセージの量が増えた気がする。
確実に増えたと言い切れないのは、俺が煩わしいと感じないくらいの絶妙なバランスが保たれているからだ。
もし狙ってやっているのだとしたら、柏木は既に俺の性格や好みを把握しているということであり、中々に侮れない。
変わったのは柏木のメッセージの量だけではなく、俺の対応の仕方も若干変化している。
今までは無感情に相槌を打つことが多かったが、最近は少しくらいは会話に付き合ってやるようになったのだ。
これは柏木の過去を知ったことで、俺の中に同情心のような感情が生まれたことが原因と言えるだろう。
それに――、
俺は柏木から送られてきたメッセージを改めて確認してみる。
そこには、俺がプレゼントした毛布に
こんな画像を見せられては、
全くもって、あざとい女である。
他にも、時々送ってくる少し過激な自撮りも問題だ。
流出したりすれば後悔することになるからやめろと言っているのに……
いくら俺が鉄の精神を持っているといっても、所詮は人の身である以上限界があり、最近は少々煩悩が溢れ始めている。
そんな煩悩を少しでも
残念ながら除夜の鐘をもってしても煩悩を完全に祓うことはできないようだが、聴いていると何故か清らかな気持ちになるので、それなりに効果はあると思っている。
「先輩、お待たせしました!」
階段の前で〇ンストをしながら時間を潰していると、渡瀬が小走りで駆け寄ってくる。
普段はゆったりした服を着ているため目立たないが、渡瀬の胸は柏木に匹敵するほど豊かなため、それだけで注目を集めていた。
「渡瀬、わざわざ走らなくても俺は逃げないぞ」
「はぁ、はぁ……、で、でも、先輩のこと待たせちゃってましたし、なるべく急がなくちゃって……」
現在の時刻は23時35分。
待ち合わせの時間は23時30分だったので確かに遅刻ではあるのだが、5分程度なら誤差の範囲と言える。
律儀で渡瀬らしいのだが、結果として俺は周囲の男達から敵意を向けられることとなったため、少し複雑な気持ちになった。
「俺もさっき着いたばかりだから全然待っていない。急がないから、まずは深呼吸しろ」
「は、はい。すぅーーーーーー、はぁーーーーーーっ……」
ラジオ体操のようなモーションで深呼吸を始める渡瀬に少し笑いそうになったが、ギリギリ無表情を保つことができた。
最近、どうにも表情が緩みやすくなっている気がしてならない。
原因は間違いなく柏木だと思うのだが、正直にそれを認めるのが癪で仕方ない。
「ふぅ……、あの、ところで他の皆さんはまだ来てないのですか?」
「ああ、沼田はバイトで来れないそうだ。嶋崎先輩はアニメ鑑賞で忙しいらしい」
「ええぇ!? じゃ、じゃあ、智ちゃんは!?」
「柏木は家が遠いから最初から声をかけていない」
そうでなくとも、煩悩の原因が一緒では意味がないため最初から誘う気はなかった。
「そんな!? 酷いですよ! 智ちゃんなら遠くても絶対来たがったと思います!」
「かもしれないが、柏木は年末年始もバイトだと言っていたから誘っても来れなかったと思うぞ」
「そう、ですか……」
これは事実なのだが、柏木なら無理やりにでも来る可能性はあったので、俺が連絡係となることでその可能性を潰したのである。
まあ実際はどう転んだかわからないことなので、あえて渡瀬に言う必要もないだろう。
「でも、それだと、私と先輩二人きりってことになっちゃいますけど、いいんですか?」
「駄目な理由などないだろう。むしろ、俺からすれば好都合だ」
「っ!? こ、好都合なんですか!? 私と二人きりだと!?」
「ああ。この組み合わせがもっとも安心できるからな」
実は去年、沼田と一緒に初詣に来たのだが、そのとき少し問題が発生した(ちなみに嶋崎先輩は今年と同じ理由で来なかった)。
沼田はどうにも人が多いところが苦手らしく、長時間人混みの中にいると体調を崩してしまうらしい。
確かに沼田は大学でも人が多いところに寄り付かないが、あれは別にコミュ障だけが理由じゃなかったということだ。
去年は俺に気を遣って一緒に初詣に来てくれたが、本当は来たくなどなかっただろう。
だから今年も一応誘いはしたが、無理に来るなと念は押しておいた(余計なお世話だったが)。
「安心……、それは、喜んでいいのか……、それとも……」
渡瀬が複雑な顔で呟くが、俺の反応を求めているワケじゃなさそうなのでスルーしておく。
「いえ、これはチャンスと思うべきですよね!」
「何がチャンスかわからんが、変な期待はするなよ」
渡瀬に好意を向けられているのはわかるが、俺にはそれがどうにも恋愛感情ではない気がしている。
どちらかというと、兄を慕うような感覚というか……
アプローチというには中途半端で、渡瀬からは柏木のような圧を感じない。
「期待はしちゃいますよ! だって、初めてのデートですよ!?」
「デートではないだろう。これは初詣だ」
「初詣デートです!」
「……そうか」
まあ、世間的に見ればそうなのかもしれない。
しかし、俺の目的はあくまで煩悩を祓うことなので、実際は真逆の状況と言えるだろう。
ただ、それを渡瀬に言ってしまうのは野暮かもしれないので、ここは空気を読んでおく。
「じゃあ渡瀬、はぐれないよう手を繋ごうか」
「え、えええぇぇぇぇぇぇっ!? いいんですか!?」
「ああ、ほら」
俺が手を差し出すと、渡瀬は恐る恐るといった感じで手を乗せてくる。
子犬っぽい渡瀬がやるとまるで「お手」のようだが、今度もまた空気を読んで口には出さないでおく。
「それじゃあ、行くぞ」
「は、はい」
乗せられた渡瀬の手を軽く握り直し、階段を上っていく。
その間渡瀬は完全に無言だったが、気まずいという感じにはならなかった。
渡瀬がどう感じているのかはわからないが、俺は悪戯が成功した子どものような気分になっている。
ただ、少しからかい過ぎだとは思うので、ある程度落ち着いたら手は解放してやろうと思った。
「あっ」
階段を上ってすぐのところで巫女さんが甘酒を配っていたので、渡瀬の手を引いて近づいたのだが……
「アンタ達……、そういう関係だったの……?」
その巫女は、なんと沼田だった。
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