第16話 クリスマス会⑤



 中学に上がると、予想通りだが教師による手厚い保護はなくなったようだ。

 小学校時代は、たとえ担任が変わったとしても同じ学校ということで守ることができるが、流石に学校が変わってしまえば不可能だったのだろう。


 柏木の通っていた中学校には一応家庭訪問があったようだが、残念ながら小学校時代と同様の効果は得られなかったらしい。

 誰しもが色香に惑わされるワケではないし、当然リスクだってあるのだから、手を出さないのも別に不思議なことではない。

 ただ不運だったのが、中学一年の担任が女性だったことと、その女性がいわゆるフェミニストだったことだ。



「やっぱりそういう情報って学校にも伝わってるのか、あのクソ女は私のことを最初から毛嫌いしていました。しかも、実際に母さんに会ったあとは態度がさらに悪くなったんですよね」


「それはまさか、柏木の母さんの美貌に嫉妬してか?」


「ほぼ間違いなくそうです。アナタはしっかり親御さんから色々遺伝しているようですし、将来同じ淫売にでもなるつもりですかって言われました」


「……教師の言っていいセリフじゃないな」


「鏑木先輩! 顔顔! また怖い顔してます!」


「……すまん」



 あまりの胸糞悪さに、また怒りが顔に出てしまった。

 教師の言っていいセリフじゃないと言ったが、正直どんな大人でも言ってはいけないセリフだと思う。

 親も子も貶める、最低最悪の悪口だ。



「まあそんなワケで、そのクソ女は中一の私の容姿まで気に入らなかったようです。実際私、小学校高学年で既に発育が良かったので、その頃には胸のサイズもクソ女に勝ってました」



 小学校時代から発育の良い女子は俺の学校にもいたので、そう不思議には思わない。

 しかし、それに嫉妬するというのはどうなのだろうか?

 ……いや、年齢とか関係なく人を妬むことは別段不思議ではないが、流石に大人として少しみっともないと思ってしまう。



 中学校に上がったことで同じ小学校の生徒は三分の一程度に減ったようだが、柏木は目立つ容姿のせいで情報は一気に拡散し、瞬く間に孤立してしまったらしい。

 それだけならまだ良かったが、中学にもなれば色恋に興味を持つ生徒も増えるため、柏木にアプローチをかけてくる男子生徒も増えたようだ。

 その結果、それに嫉妬した生徒と以前から柏木を恨んでいた生徒が共謀し、陰湿なイジメが始まった。



「小学校の頃に比べて、かなり酷い内容になりましたよ。落書きの内容も過激になりましたし、下駄箱の中に死骸を入れられたりとか~……って内容をこれ以上言うのはやめておきますね。鏑木先輩、また怖い顔になりそうですし」


「……そうだな。今の俺は、聞くに堪えん内容であれば怒りを抑えられないかもしれない」



 元々俺は感情的になりやすいタイプで、それが原因で何度も痛い目を見ている。

 だからこそ武術などを通して感情を制御するすべを学び、それを表情に出さない技術を身に付けたのである。

 しかしその技術も、どうやら酔うと綻びができるらしい。

 胸糞悪い話は聞かないに越したことはないだろう。



「レアな表情だから、また見てみたい気持ちもありますけどね~♪ ……で、まあそんなワケで結構キツイ中学時代だったんですが、母さんの助言もあって見た目に気を遣い始めると男子からの攻撃は一切なくなりました。一度三年の先輩に襲われかけましたけど、それも防犯ブザーとかで回避したのでセーフです」



 サラッとキツイ内容が混ざるが、柏木は笑顔で語るのであまり重さを感じさせない。

 ある意味、これも一種の才能なのかもしれない。



「とりあえず身を守る手段としてクラス1のイケメンと付き合ってみたんですけど、それが全然役に立たなくて……。まあ中一なんで当たり前っちゃあ当たり前なんですけどね。で、状況はさらに悪化しまして、次に先輩と付き合ったんですが学年が違うとやっぱり役に立たなくて、結局教師を頼ることにしました」


「……」


「あ、前にも言いましたが私処女ですからね? そこは勘違いしないでください。大事なことなので」



 そう言われても、俺はどう反応していいかわからない。

 処女を守ったからといって生徒が教師を誘惑していいとは思えないが、危機的状況を回避する手段なのであれば仕方ない……のか?



「私はそれで男を見る目を養いました。倫理観や法律より、性欲を優先するタイプを見極める目には今でも自信ありますよ」


「……それはどこで役に立つんだ?」


「不倫や浮気をするタイプを判別できます。まあ絶対の精度はないので、あくまで参考レベルですけどね」



 柏木は中学時代、そうやって教師を利用し、時にはSNSも駆使してイジメを排除していったそうだ。

 当然最初の頃は好色教師の見極めに失敗したりもしたようだが、一年もすれば安定するようになり、イジメはかなり減ったらしい。

 具体的に何をしたかについては聞かなかったが、聞けば感情を制御できる自信がないので深堀ふかぼりはしない。



「これで智ちゃんの過去、『中学生編』は終わりですね。当時は本当に辛かったですよ~」



 柏木は終始笑顔だったが、時折表情に影が射したのを俺は見逃さなかった。

 気にしていないように見せるため演じていたのだろうが、流石の柏木も完全には隠せなかったようだ。



「辛かったな。それでも、イジメに屈しなかった柏木は凄いと思うぞ」


「……本当にそう思います? 汚れているとか、もっと良いやり方があっただろうとか思いません?」


「あったのかもしれないが、それは今更実証することができない、ただの想像だ。実際にはもっと酷い結果になった可能性だってある」



 あの時こうすればよかったと後悔することは多々あるが、実際本当にそうして上手くいっていたかどうかなど誰にもわからないことだ。

 もし柏木が巧妙かつ過剰に反撃していたとしたら、そのさらなる反撃で取り返しのつかない状況に陥っていた可能性もある。

 今こうして無事に学校に通えていることこそ、柏木が間違っていなかったことの証拠と思うべきだ。



「……実は、この話をしたのは母さん以外では鏑木先輩が初めてなんです。鏑木先輩なら認めてくれるかなぁなんて、バリバリ承認欲求があったからなんですけど、やっぱり不安もあって……。でも、先輩に話して、良かっ……」


「っ!? おい!」



 柏木は最後まで言い終わる前にテーブルに突っ伏した。

 ゴツンと中々痛そうな音が聞こえたので心配したが、それでも柏木が意識を取り戻すことはなかった。

 言葉ははっきりしていたので泥酔していたようには思えないが、柏木自身不安だったと口にしていたことを考えると、緊張の糸が途切れたのかもしれない。



(さて、どうしたものか……)



 流石にこの状態で寝かせておくのは体に良くないから寝床に運ぶべきなのだが、その寝床がわからない。

 ここには座るスペースしかないので別に用意されているのだろうが……



「まさか、ここか?」



 立ち上がって周囲を確認すると、ハンガーラックの向こうに空きスペースを発見する。

 引き戸のように服を横に寄せると、厚みのあるマットレスが現れた。

 どうやら、コレがベッド代わりのようだ。



(とりあえず柏木はここに寝かせるとして、俺はどうするか……)



 パッと見た感じ、寝転がれるスペースはここしかない。

 壁があれば背もたれにして座って寝るのだが、それができそうな場所すら見当たらない。

 トイレや風呂なら平気だろうが、寒さ的に凍え死にそうだ。

 となると、やはり寝る場所はここしかないのだが……



(まあ、壁に向かって背を向けて寝れば何もされんだろう)



 柏木には前科があるが、今日は何も貸しを作った覚えはないので、仮に俺より先に目覚めたとしても「お詫び」とやらを理由にナニかしてくることはないだろう。

 もしナニかしようとしても、壁に向かって背を向けて寝れば悪戯はできない……ハズ。

 正直俺も酔っているので正常な思考ができている自信がないが、なんとなく大丈夫な気がする。


 俺は柏木を真上に持ち上げるように抱き上げ、肩に担いでマットレスまで運ぶ。

 もし柏木が起きていたら文句を言われそうな運び方だが、狭いのが原因なので致し方ない。

 前回と同じように髪を背中の下にならないよう調整し、ゆっくりと横たえる。



「……」



 マットレスの上でスヤスヤ眠る柏木は、前回よりも扇情的な恰好をしているため、より強い色気を放っていた。

 このまま見ていると今の俺では本当に手を出しかねないため、さっさと掛け布団を被せてしまう。

 そして柏木を跨いで隣に横たわり、同じ掛け布団の中に入った。

 掛け布団は薄くてあまり温かくなかったが、隣に柏木がいるせいか寒いとまでは感じない。


 そんなことを考えていると急激に頭がクラクラし始め、意識は闇へと沈んでいった。




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