第15話 クリスマス会④



「私がこんな風に外見に力を入れてるのも、母さんの影響なんですよ。母さん曰く、バフアイテムや装備はケチらず、常に最大戦力で戦いを挑みなさいって」



 ……もしや、柏木の母親はゲーマーか?

 柏木の言葉選びの問題の可能性もあるが、柏木自身はあまりRPGロールプレイングゲームをやるタイプではなさそうなので、恐らく母親の言葉をそのまま受け売りにしているだけだろう。


 それにしても、柏木は本当に母親のことを尊敬しており、親子関係自体もかなり良好なようだ。

 正直俺は、それにかなり驚いている。


 普通の感覚であれば、自分がイジメられた原因が母親にあるのであれば、それを恨むのではないだろうか。

 柏木は母親に救われたと思っているようだが、実際はマッチポンプのようなものである。

 それに、当然柏木にも多感な時期――思春期があったハズで、その頃に同性の母親が体を売っていることについて何か思ったりしなかったのだろうか。

 男の俺には想像しかできないが、仮にもし自分の母親が体を売っていたとしたら、下手をすればグレていた可能性もある。



「……どうしたんですか、鏑木先輩? なんだか難しい顔してますよ?」


「っ! いや……、なんと言うか、少し意外だったというか、どうしてそんなに母親のことを慕うようになったのかとな……」



 どうやら俺も流石に酔いが回ってきたのか、表情を固定するのが難しくなってきているようだ。

 やはり酔う作戦は失敗だったか? このままでは色々醜態を曝し兼ねない気がする。



「あ~、それですか~。やっぱりそこ、気になりますか?」


「まあな。正直、俺としては母親のことを憎んでいてもおかしくないと思った」


「……やっぱり、そう思いますよね。……実際、私も恨んだことはあるんですよ? なんか、クラスメートの親が何人か母さんにハマっちゃって、そのせいで家庭が壊れたって恨みを私にぶつけられて……、そういうの、全部母さんのせいだ! って大喧嘩したこともあします」



 気が重くなる話である。

 実際に悪いのは、家庭があるのに風俗にハマった各家庭の父親で、家庭が壊れた云々を柏木にぶつけるのは逆恨みでしかない。

 しかし、こういったことは最終的に内部ではなく外部に責任を転嫁されやすいため、根本的原因は柏木の母親が風俗嬢なんかやっているから悪いという流れになってしまったのだろう。

 言ってしまえばサークルクラッシャーの上位版というか、傾城けいせいや傾国の縮小版のようなものだ。

 たとえ本人に悪意がなかったとしても、結果的に悪女として見られてしまう――こればかりは、回避しようがない問題である。

 恐らく、そこまで状況が悪くなってしまってからでは柏木の母親が風俗嬢を辞めたとしても意味がなかっただろう。

 事実上の詰みと言える。



「でも、大喧嘩して吐き出したあと、私気づいたんです。母さんの行動は全て、私への愛ゆえだってことに」


「……それは、そうだろうな」


「あ、わかってくれますか!?」


「まあな」



 柏木のような家庭状況であれば、父親に対する憎しみがそのまま子どもに移る可能性もなくはない。

 そうなると育児放棄などの虐待をされる恐れもあるし、そうじゃなくても経済的理由で乳児院や児童養護施設に入れられることが考えられる。

 それをせず、自らの手で柏木を育てたいと思ったのは愛情があったからこそだ……と思いたい。



「私、色々ツライ思いはしましたけど、暮らしには何不自由なかったんですよ。実家で暮らしてた頃はしっかり栄養も取っていましたし。だからホラ♡」



 そう言って柏木は、自らの豊満な胸を寄せて持ち上げるように見せつけてくる。



「見せんでいい」


「少しは反応してくださいよ!」



 反応はしている。ただ、それを悟らせていないだけだ。



「まあ、つまり私が言いたいのは、母さんは本当に凄いってことなんです。だって、多額の借金を抱えながら女手一つで学費や養育費をキッチリ支払い、私をこんな健康的豊満美少女に育て上げたんですよ!? ヤバくないですか!?」


「ああ、ヤバいな。本当に、尊敬する……」



 俺はかつて、児童養護施設に入っていた時期がある。

 理由は借金絡みの厄介ごとのせいで、親父が育児どころではなくなったからだ。

 俺の場合は柏木ほど酷い状況ではなかったが、それでも手に負えず俺を児童養護施設に入れることに決めた。

 ……親父に愛情がなかったワケではないと思うが、間違いなく薄くはあったのだと思う。

 だからこそ、より苦難な道を選んででも自らの手で柏木を育て上げたことの凄さと、愛情の深さがわかる。



「ふふ~♪ 嬉しいですぅ~♪ 初めて母さんの凄さを理解してくれる人とで出会えました~♪」


「初めて?」


「はい! 母さんが風俗嬢だって知っている人は、みんな口を揃えて酷い親だって言うんですよ! 私がそんなことないって言っても全然聞いてくれなくて……、うぅ……」



 そして柏木は、再び涙を滲ませ嗚咽を漏らす。

 泣き上戸というワケではないようだが、酒が入るとやや感傷的になるようだ。

 それを見て俺は、本当になんとなくだが、つい柏木の頭を撫でてしまった。



「……?」


「いや……、まあ、その、なんだ……、少なくとも俺はちゃんと聞いてやるから……、泣き止んでくれ」


「っ! はい! 泣き止みます!」


「っ!?」



 沈んでいた表情を一瞬で笑顔に切り替え、元気に返事をする柏木。

 その笑顔のあまりの眩しさに、俺は思わず息を呑んでしまった。

 なんたる不覚……

 いや、そもそも何故俺は頭など撫でたりしたんだ?



「ど、どうしたんですか鏑木先輩!? 顔がなんだか凄いことになってますよ!?」


「クッ……、なんでも、ない。気にするな」



 あふれ出す未知の感情をなんとか制御し、表情を取り繕う。

 まだ口の端がピクピクするが、とりあえずは落ち着かせることに成功した。


 全く、こんなに表情を崩したのは何年振りだろうか?

 やはり酒は危険だ。



「……それで、話は戻るが、柏木はその母親に憧れて男を利用するようになったということでいいか?」


「利用するなんて人聞きの悪い! 私は対価を貰ってるだけですぅ!」


「自らサービスを提供してるんだから、利用しているで間違ってないだろ」



 押し売りしておいて対価を貰うというのは、正直かなりタチが悪いと思う。



「まあ確かにぃ~、私からアプローチはしてますけどぉ……。 でもでも、それは別に母さんに憧れて真似してるワケじゃないんですよ! あ、もちろん影響はありますけどね?」


「じゃあなんなんだ」


「それをこれから語ります! 智ちゃんの過去、中学生編です!」



 ……まだ続くのかこの話。



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