第14話 クリスマス会③



 風俗嬢、か……

 借金まみれになった女性の進む道としては十分あり得る選択だが、債務整理できたのであればわざわざ選ぶ必要もないように思える。

 闇金に手を出して強制されたのであれば話はわかるが、話を聞く限り普通の金融機関を利用しているようなのでそれもないハズだ。



「初めに言っておくが、俺は風俗という商売に対して偏見はない。しかし、世間からの印象はどうしても悪くなるだろう。他の仕事に就くか、実家を頼るかすることはできなかったのか?」


「母さんは未成年だったし、高校も中退だったから、普通の企業に就職するのはほぼ無理でした。オマケにお嬢様育ちで世間知らずだったし、頭もそんなに良くはなかったので、大体どこも面接でアウトだったらしいですよ」



 確かに、中卒で未成年の女子となると雇う企業は限られてくるだろう。

 パートくらいであれば雇ってもらえるだろうが、パートの給料で借金を返しながら一人で娘を育てるのは困難に思える。



「実家は、祖父の猛反対を振り切って無理やり結婚したせいもあって、関係は最悪というか、ほぼ絶縁状態らしいです。祖母も最初は応援してくれてたのに、その件で祖父と大喧嘩して家庭内離婚状態。そのせいで母さんのことを物凄く恨んでいるんだとか」



 柏木は少し酔いが醒めたのか、先程までより口調がはっきりとしている。

 しかし相変わらず表情はとろんとしているので、どんな心情で語っているかまでは読めなかった。



「家を買うときだって、一応最初は親に借りられないか頼ったみたいなんですけどね。結果は一銭も出してもらえなかったって時点で、お察しというか……」



 まあ、どうしても金を借りる必要がある場合、普通最初は親や信頼できる者に頼るものだ。

 そして親が資産家なのであれば、場合によっては全額支払ってくれた可能性すらあっただろう。

 しかも相手は息子ではなく娘なのだから、たとえ喧嘩をしていようとも少しくらいは支援してくれてもおかしくはない。

 ……が、それでも支援を一切してくれないほど関係が拗れているのであれば、修復できるレベルではなかったのかもしれない。



「ただですねぇ、母さんも最初から風俗嬢になろうとしたワケじゃないんですよ? 一応普通の企業にも就職できたことはあるらしいです。母さん、私に似て美人でスタイルも抜群だったので、見た目採用ってヤツですね」



 母親が柏木に似ているのではなく、柏木が母親に似ているのだろうとツッコみたかったが、あからさまにツッコミ待ちな気がしたのでスルーすることにした。

 しかし、柏木と同レベルの美人ということであれば、確かに見た目で採用する企業があったとしても不思議ではない。



「……それが続かなかったということは、なんとなく状況が想像できるな」


「はい。まあ完全に体目当てだったみたいで、セクハラのオンパレードだったそうです。で、どうせどこに就職しても体を求められるんなら、最初から風俗でいいという結論に至ったって感じですね」


「……」



 理解はできるのだが、考え方が男らしいというか、サバサバしているというか……

 それが素なのであればいいのだが、そこまで追い詰められてのことなら……、少し複雑な気分だ。



「母さんはお嬢様だったくせに、クソ親父に色々仕込まれた関係でその手の行為に抵抗はなかったって言ってました。多分元々才能もあったんだと思います。結果、母さんは大人気の風俗嬢になったのでした~」



 なるほど、なるほど……

 そのクソ親父とやらは、何も知らなそうなスタイル抜群美人お嬢様を惑わし、性的に色々仕込んだうえ16歳で孕ませ、大量の借金を押し付け失踪したと……

 死刑、確定だな。



「ちょ、ちょっと鏑木先輩! す、すごく怖い顔してますよ!?」


「っ! すまない。あまりの怒りに感情が制御できなかった」


「今のどこに怒るポイントがあったんですか!?」


「……色々な理不尽さにだ」



 悪い男に騙された柏木の母親にも問題はあっただろうが、一番悪いのはどう考えてもそのクソ親父である。

 そこから全ての不幸が始まったことを考えれば、業の深さは相当なものだ。



「ちょっとビックリしました。鏑木先輩でも、あんな顔するんですね♪ ドキッとして酔いが醒めちゃいましたよ~」



 柏木はそう言いながらシャンパンを注ぎなおし、グビグビと飲み干す。

 その前から少しずつ酔いは醒めていたように思うが、今見ると顔は真っ赤なままなので普通に酔ってはいるようだ。



「さて鏑木先輩、ここからが私のお話になりますよ!」


「ああ、聞かせてもらおう」



 ここまでの話は柏木の母親の話、つまり前提条件のようなものだ。

 その後の展開もなんとなく予想がつくが、聞くと決めたからにはしっかりと聞かせてもらおう。

 ……ただその前に、グラスに残ったウィスキーをあおり、新しく注ぎ足しておく。





 ◇





 柏木はあまり覚えていないようだが、保育園時代は一応友達もいたようだし、あまり嫌な思い出もなかったようだ。

 恐らくだがその頃からご婦人達のあいだでは噂になっていたのではないかと思うが、物心ついて間もないくらいの年代ではそういった機微を感じ取るのは難しかったのだろう。

 そういった意味では、幸せだった時期と言えるかもしれない。



 小学校に入りほどなくして、同級生の女子から「柏木さんは売女ばいたの娘だから近寄るなってママに言われた」と言われたそうだ。

 そしてその噂は瞬く間に広がり、柏木は「売女の娘」として認識されるようになった。



「おかしいですよね~。みんな売女がどんな意味かもわからないのに、なんとなく響きが良かったのか男女問わず私のことを「売女の娘」って呼んでばい菌みたいに扱われました」


「……」



 小学校低学年というのは、まだ幼稚園から上がったばかりで精神的に未熟な生徒が多い。

 有名なひな祭り替え歌「灯りをつけましょ爆弾に」のような不謹慎なネタや、ウンコやチンコのような下ネタで盛り上がる年代なので、新しい悪口を覚えたような感覚で広まったのではないかと想像する。

 恐らくだが、本当に悪意を持って柏木をイジメた生徒は少ないのではないだろうか?

 ……まあ、無邪気だからこそ残酷になることも多々あるが。



「先生も注意はしたんですけど全然効果なくて、水かけられたり結構酷いこともされました。そこまでされると流石に母さんも気づいたんですけど、風俗嬢なのは本当のことじゃないですか。だからクレームも入れ辛くて……」


「……たとえ事実だとしても、それとイジメることにはなんの因果関係もないハズだ。文句を言えないなんてことは絶対にない」


「そうなんですけどね~。でも、結局小中学校の先生って注意するくらいで本気になってくれないんですよ」



 まあ、それは少しわかる気がする。

 これは偏見かもしれないが、小中学校の教師というのはタチの悪い奴が多いというイメージが強い。

 俺自身の経験上もロクなヤツがいなかったし、ネット社会になった今はそういう声をアチコチから聞くようになったので、実際にクズの比率は高いのだと思う。



「でも、そんな先生が、ある日からいきなり本気で私のことを守ってくれるようになったんです。なんでかわかります?」


「ヒントが少なすぎる。ある日に何が起きたのかわからなければ答えようがないだろう」


「じゃあヒント1、その前日、先生が家に家庭訪問に来ました」


「家庭訪問か……、最近では減っていると聞くが」


「私のいた学校でも基本的にはなかったんですが、希望すれば家庭訪問を行ってくれました」


「つまり希望したと。まあ、直接話した方が問題解決はしやすいだろうしな」


「はい。それでヒント2ですが、先生は男の人でした」


「……」



 単純な情報としてであれば、性別が男だったと言われてもなんとも思わなかっただろう。

 しかし、ヒントとして情報を出すということは、それに意味があるということだ。

 それはつまり、そういうことなのか……?



「ヒント3、それから先生は、毎週のように家庭訪問に来るようになりました。学校が休みの日でも関係なく」


「……ハマり過ぎだろう」


「そうなんですよ! 私先生が来る日は外で遊んでてって言われてたんですけど、土日なんかは一日中先生がいることもあって……」


「柏木はその頃、何が行われているのか理解していたのか?」


「わかるワケないじゃないですか! あ、でも小学校高学年になるくらいには、流石に少しは察してましたけどね」



 頭の痛くなる話だ……

 それはつまり、柏木の母親と教師の情事は、低学年の頃だけではなく高学年まで続いていたということである。

 よくそれで問題にならなかったものだ……



「あ、ちなみに後から聞いたんですが、誘ったのは母さんかららしいですよ。だから脅されてとかそういう辛いエピソードではありませんので、また怒らないでくださいね?」


「安心しろ。怒りよりも呆れの方が強い」



 教師が生徒の親に手を出すなどクソとしか言いようがないが、柏木には父親がいないため、教師が独身であればギリギリセーフと言えるかもしれない。いや、そうだとしても非常識だと思うが。



「……母さんのこと、軽蔑しますか?」


「いや、それはない。たとえどんな手段であろうと、柏木を守るために体を張ったのだから立派なことだと思う。少なくとも、文句を言うだけで何もしない人間より余程尊敬できる」



 行為の良し悪しはともかく、効果的であったことは間違いない。

 柏木の母親は、自分の最大の武器で娘を守っただけだ。

 呆れたのは、いくら魅力的であってもあっさり手を出したうえに、ドップリと沼にハマった教師についてである。



「先輩のことだから、本音なんですよね?」


「無論だ」



 俺がそう言うと、柏木はにへら~と表情を崩して嬉しそうに笑う。



「えへへ……♪ ですよね~、私、母さんのこと、本当に尊敬してるんですよ~♪」



 口ぶりからも察していたが、柏木は母親のせいでイジメにあっていたことを全く恨んでいないようである。

 それどころか、むしろ尊敬してさえいるようであった。


 もっと重い話かと覚悟していたが、意外とそうでもないかもしれない、のか……?



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