第13話 クリスマス会②



「それで准ちゃんったら~」


「……」



 柏木が楽しそうに話すのは、主に渡瀬のことについてだ。

 以前も言っていたが、柏木にとって渡瀬は人生で初めてできたまともな女友達らしい。

 本当にそんなことがあり得るのかと思い少し詮索してみたが、厳密には保育園時代にはいたかもしれないということだった。

 それほど昔となると記憶も朧気で相手の名前さえ憶えていないらしく、それをカウントしていいかは確かに微妙なところかもしれない。

 そして小学校時代からは既に孤立し始めていたようで、あまり良い思い出はないとのだとか。


 そんな背景もあって、渡瀬との交友は初めて尽くしでとても新鮮だったらしく、柏木は非常に楽しんでいるようであった。



「ちょっと鏑木先輩、聞いてますぅ~?」


「ああ、聞いている」



 柏木は若干酔っぱらっているように見えるが、コイツの場合演技の可能性もあるため止めどころがわかりづらい。



「柏木と渡瀬が仲良くできているようで何よりだ」


「ふふ~♪ 准ちゃんとは仲良くやらせてもらっていますぅ~♪ それもこれも、全部鏑木先輩のお陰ですよ~」


「そんなことはない。俺はきっかけこそ作りはしたが、実際に仲良くなったのは二人の歩み寄りが全てだ」



 俺がやったことは、ただ二人が面と向かって話せるようにしただけに過ぎない。

 実際に交流し、友好を深めたのは柏木達自身だ。



「そのきっかけが一番大切なんじゃないですかぁ~! 鏑木先輩がいなかったら、私は准ちゃんと話すこともなかったですし、今もずっとボッチのままでしたよぅ……」



 そう言って柏木はシクシクと泣き始める。

 コイツ、こんな面倒くさい酔い方をするタイプだったのか?



「別に柏木はボッチではなかっただろう。少なくとも男友達は大勢いたハズだ」


「あんなのは友達じゃありません! アレはただ、私の体が目当てなだけの獣共です!」



 あんなの呼ばわりに獣共……、随分酷い言われようだ。

 中には体目当てなだけでなく、本当に柏木のことを好いているヤツもいるだろうに、残念ながら認識されていないようであった。



「仮に今の取り巻きがそうだったとしても、今までの全部がそうだったワケではないだろう」



 今はともかくとして、中学や高校の頃であればもう少し純粋な男も多かったハズだ。

 そんな頃からギラギラしたヤツばかりだったのであれば、不幸過ぎるとしか言いようがないが……



「今までって……、鏑木先輩、勘違いしてますよぅ。だって私、あんな風に男達に囲まれるようになったの、大学に入ってからですから」


「そうなのか? 昔から男慣れしているようなことを言ってた気がするが……」


「ふふっ……、それを説明するには、私の過去を聞く必要がありますよ? 鏑木先輩に、それを聞く覚悟がありますかぁ?」


「ない」


「そんなぁ!? で、でも、興味はあるんですよね!? ね!?」


「……」



 興味がないと言えば嘘になる。

 しかしそれを聞けば、柏木に対して確実に一歩踏み込むことになる。

 現時点で俺は柏木に対して恋愛感情は抱いていないと断言できるが、聞くことによって情が湧く可能性もなくはない。

 正直言って、それが怖いのである。



「もちろん興味はある。しかし、それは野次馬根性に近い心理だ。そんな低俗な興味だけで聞いていいような内容ではないんだろ?」


「それはぁ……、はぁ……、もう理由なんかどうでもいいんですぅ。本当は、私が鏑木先輩に聞いてもらいたいだけなんですよぅ……」



 相談の類、ということだろうか。

 悩みがあるのであれば、先輩として聞いてやるべき……、なのかもしれない。

 しかし……、むぅ…………、はぁ…………

 こうなれば、酒の力を借りるか。



「わかった。少し待て」


「……?」



 俺はハイボールを作るように買ってあったウィスキーを、割らずに注いで飲み始める。

 万が一のことを考えてあまり酔わないようセーブしていたが、後先を考えないことにした。



「ふぅ……、いいぞ柏木。話したいなら話せ。今の俺なら、今日だけのことにできるハズだ」



 俺は酔うと、その日の記憶が曖昧になることがある。

 この状態であれば、次の日以降に感情を持ち越す可能性も少しは減るだろう。



「なんですかぁ、それぇ……。でも、いいですよぅ、話始めちゃいますぅ……」





 ◇





 柏木の父親は、絵に描いたようなクズ親だったらしい。

 一流企業に就職していたそうだが、浮気はするはギャンブルはするは、挙句の果てにセクハラで仕事をクビになったのだという。

 そのせいもあってか喧嘩は絶えず、柏木が2歳くらいの頃に失踪したそうだ。

 ……大量の借金を残して。



「まあ、よくある話ってやつですよぅ……」


「いや、よくはないだろ」


「え~、漫画とか小説じゃよくある話じゃないですか~」


「漫画や小説でだって、単純にメインキャラクターやそれに関わるキャラクターだからそう見えるだけだ。その世界の中でだってレアケースのハズだぞ」



 そんな不幸なキャラだらけの世界観の作品など、俺はほとんど見たことない。

 無いとは言い切れないが、間違いなくレアケースだろう。



「それはともかくとして、どのくらいの借金だったんだ?」


「大体2000万円くらいあったって、聞いてますぅ」



 2000万円か……

 大金だが、返せなくはない微妙なラインである。



「お母さん、そのときまだ18歳だったんで、凄い大変だったんですよぅ」


「……ちょっと待て、ということは柏木は、お母さんが16歳の頃の子ってことか?」


「そうですよぅ」



 かなりの低年齢出産である。

 というか、それで借金2000万円というのは少々疑問だ。



「何故そんな借金が? 普通その年齢じゃ借金はできないハズだし、ローンも組めないだろう」



 借金は普通、20歳以上からじゃないとできない。

 成人年齢が18歳に引き下げられた今も、そのルールは変わらないという金融機関がほとんどだ。

 20年以上前の話なので今とは関係ない話とはいえ、要はそれほど支払い能力が重視されるということである。

 つまり、柏木の母親が単体で金を借りることは不可能なハズ。

 同じ理由で20歳未満は連帯保証人にもなれないため、柏木の母親がそんな借金を背負うこと自体おかしい。



「父親は20歳を超えていたので、なんとかローンは組めたみたいですよぅ。母さんはその連帯保証人になったそうですぅ」


「待て、そもそも未成年では連帯保証人にすらなれないハズだ」


「へぇ~、鏑木先輩、意外とそういうこと詳しいんですねぇ」


「成人になったときに一通り勉強した」



 それ以外にも少し家庭の事情があったんだが、それは説明しないでもいいだろう。



「でも鏑木先輩、見落としていますよぅ? お母さんは、当時16歳で結婚してるんですぅ」


「っ! そうか、成年擬制か……」



 成年擬制とは、未成年でも結婚すれば成人扱いとなる法律である。

 ちなみに、成人年齢も女性の結婚可能年齢も18歳になった今となっては意味がないため、この制度はもう消滅している。



「しかし、だとしても支払い能力が認められるとは思えないが……」


「そこは、お母さんの両親が有名な資産家だったことが関係してるんじゃないですかねぇ~。知りませんけど」



 ……まあ確かに、俺が今あり得ないと思っても、実際借金はできてしまっているワケだからその理由を追求しても意味はないか。



「俺としては、そんな資産家の両親が結婚を認めたこと自体が不思議なんだが」



 これは何も厳格だったかどうかというレベルの話ではなく、法律の問題だ。

 成年擬制と同じく消滅した制度だが、以前は未成年が結婚する際親の同意が必要だった。



「厳密には両親ではなく、父か母、どちらかの同意があれば結婚はできますぅ。それで、祖母が勝手に同意したせいで家庭関係が滅茶苦茶になり、実家とは疎遠になったようですよぅ」


「……そうだったのか」



 借金関連とは違い、その辺の知識はなんとなく程度しかないため勘違いしていた。



「しかし、それにしても額が大きい。債務整理は?」



 債務整理とは借金を減額する手続きのことで、最も有名なのが「自己破産」だ。

 あまりに有名なので、借金に縁のない人間はそれしかないと思いがちだが、実際には「任意整理」「個人再生」など何種類かあり、それらは「自己破産」に比べれば大分リスクが少ない。

 債務整理は債務者本人しかできないため失踪されると見つかるまでできないのが普通だが、連帯保証人であれば可能となる……ハズ。



「一応はできたみたいですよぅ。ただ、それでも年齢的には未成年の母さんが払っていくには厳しい金額でした」


「……家を売る選択は?」


「私もいましたし、資産的価値も低かったようなので、手放さない方がいいと判断したみたいですぅ」



 ……その辺の金額計算は不明だし、それ以外にも折角の戸建てを手放したくないという気持ちはあったのだろう。

 なんにしても、色々不幸が重なり過ぎている気がする。



「そんなワケで母さんが選んだ道が、風俗嬢になることでした」


「…………」



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