第11話 クリスマスデートは突然に
柏木が腕に抱き着いてきた瞬間、周囲の男達からの敵意が増した気がする。
あからさまに舌打ちをする輩もいたので、気のせいではないだろう。
「おい、いい加減離れろ。仕事中だろ」
「はーい。あ、オジサマ、今撮った写真って――」
「ええ、一誠君に送っておきますのであとで受け取ってください」
「ありがとうございまーす♪」
俺の意思とは関係なく、おやっさんと柏木の間で約束が取り交わされている。
が、当然俺はそんなものに付き合う気はない。送られてきても即刻削除するつもりだ。
「ところで君、仕事はもうすぐ上がりだよね?」
「20時閉店なので、そうですね。ただ、今ここにあるケーキは捌かないといけないので、少し残業することにはなると思います」
「そうか。それじゃあ、仕事が終わったら一誠君と食事にでも行って来たらどうかな? 一誠君も丁度仕事が上がりなんだよ」
「っ!? 本当ですか!?」
「っ!? おやっさん、その話はなくなったハズじゃ……」
「いやいや、私は最初から変わらずそのつもりだったよ」
……冷静になって思い出してみると、確かにおやっさんから次以降の仕事も宜しく頼むと言われたワケではないことに気づく。
途中から沙耶香さんの話に切り替わったことで、結局どうするのかという大事な部分が有耶無耶になっていた。
「しかし、そうだとしても一度本社に戻るべきですよね。タイムカードもありますし……」
業務の終了は、本社のタイムカードを押すことで成立する。
その他配達後の処理もあるし、作業着を返却したりもするので、直帰するケースはほぼないと言っていい。
「退勤の処理とかは全部私の方でやっておくから大丈夫だよ。作業着もそのまま着てていいから」
「……」
雇用主にそう言われてしまうと、俺からは何も言えなくなってしまう。
通退勤にかかる交通費は会社から支給されるので、金銭面を理由に交渉するのは難しいだろう。
時間面でも、拘束時間自体は少なくなっているので、文句を言えるレベルではない。
「結論として、鏑木先輩は私を待っててくれるってことでいいんですよね!?」
「待たない。いいから仕事に戻れ」
「え~っ! そんなこと言わずにぃ~!」
柏木は接客を疎かにしながら駄々をこねている。
他の客の不満が俺にまで向いているので勘弁して欲しい。
「……わかった。だから仕事に集中しろ。また、あとでな」
俺はそう言って、おやっさんを連れてその場から退避する。
あのまま留まっていれば柏木も集中できなかっただろうし、男女問わず敵を増やす可能性が高かったからだ。
「しかしおやっさん、流石にあからさま過ぎやしませんか?」
「はっは! 私は娘至上主義だからね。やれることは何だってするさ。たとえ甥を犠牲にしようとも……ね」
おやっさんは笑いながら言うが、俺としては全く笑えなかった。
◇
俺は駅前のベンチに座り、〇ンストをしながら時間を潰している。
普段やらないようなコンテンツを消化できるいい機会なので長時間待つこと自体は問題ないのだが、スマホゲームなので当然手袋は付けられず、手がかじかんでいるせいでプレイの精度が低い。
幸い、コートは持ってきていたため体の方は問題ないのだが、素肌をさらしている顔と手は氷のように冷たくなっている。
そう大して待つこともないだろうと外で待ったが、ケチケチせず喫茶店にでも入ればよかったかもしれない。
そんなことを考えていると、柏木からのメッセージ通知が届く。
〇ンストのプレイ中にメッセージを受信するとプレイに大きな支障が出るため正直イラっとくるのだが、通知をオフにしたらそれはそれでメッセージを無視することになりかねないというジレンマがある。
結局はメッセージを優先せざるを得ないため、泣き寝入りするようなモヤモヤ感をいつも感じていた。
『やっとお仕事終わりました~! 今どこですか?』
『駅前のベンチだ』
『わかりました~! 今から向かいますね♡』
……もう慣れたが、柏木は何でもない内容でもハートマークを多用する。
初めはただの好意だと思ったが、どうもそれだけが理由ではないらしい。
あまりにも多用するのでハートマークを送ってくる女性の心理について調べてみたことがあるのだが、ただ好きで使っているケースもあれば、媚びを売る意味が合ったりと、結構色々なパターンがあるようであった。
残念ながら柏木はそのどれもに当てはまる気がするので真意を読み取ることはできなかったが、とりあえず考えても無駄だということはわかったので得るものはあったと思っている。
メッセージを受け取ってから15分ほど経ったが、柏木はまだ現れない。
ケーキ屋『Dolce』から駅までは歩いて5分もかからない距離にあるので、少し時間がかかり過ぎているようにも思う。
ただ、柏木は「今から向かう」と書いていたが、実際には帰る支度などで時間がかかるかもしれないため、まだ心配するような時間ではないだろう。
そしてもう5分ほど待つと、少し離れたところに目立つ格好をした女の姿を視認する。
まず間違いなく柏木なのだが、あの姿は……
柏木はまっすぐこちらへ向かっているようだったが、途中でナンパされたのか3人組と思われる男達に捕まった。
一見すると普通の若者のように見えるが、昨今は見た目で判断できないタチの悪い輩も多い。
念のため、こちらから迎えに行ってフォローをした方がいいだろう。
「柏木」
「あ、鏑木先輩!」
俺が声をかけると、柏木が嬉しそうに笑顔を浮かべ駆け寄ってくる。
「え? 何? もしかして彼氏?」
話しかけている最中に無視されるカタチとなった男が、俺を怪訝な目で見てくる。
「いや――」
「そうでーす♪ お待たせしました! せーんぱい♪」
俺が否定しようとする声をかき消すように、柏木は少し大きな声で答えながら腕に抱きついてくる。
明らかに胡散臭い反応なのだが、こう返されてなお追及しようとするのはDQNくらいである。
この男達はどうやらその域には達していなかったらしく、渋々といった感じだが引き下がっていった。
「……もういいだろう。いい加減腕を放せ」
「ダメですよ~。離れたらまた声をかけられるかもしれないじゃないですか~」
「もしかして、それでここに来るのが遅れたのか?」
「そうですよ~。今のも含めて、5回は声かけられました」
「……そんな恰好をしているからだろう。何故着替えていない?」
柏木は、先ほど売り子をしてたときと変わらない恰好をしていた。
こんな恰好をしていれば、男達が声をかけるのも無理はないと思える。
「だってこの服、自前ですから」
「なん……、だと……? まさか、その恰好のままバイトに来たのか?」
「そうですよ?」
柏木のサンタコスは、ヒラヒラした赤いミニスカートに、胸元の大きく開いたセクシー寄りの仕様だ。
こんなド派手な恰好で出歩くとは、一体どんな強心臓をしているんだ……?
「……柏木、お前、凄いヤツだな」
「? ええ、自分でも結構凄いと思ってます♪」
正直称賛の意味合いで言ったワケではないのだが、本人が嬉しそうにしてるので余計なことは言わないでおこう。
「それで、これからどうするつもりだ?」
「それはもちろん食事! ……なんですけど、この恰好でレストランに入る度胸は流石にないですね。それに、お金もあまりないですし」
流石の柏木も、この恰好で食事処に入るのには
その羞恥心を、是非出歩くときにも発揮して欲しいものである。
「ということで鏑木先輩、ウチに来ませんか?」
「却下だ」
「えーっ!」
柏木の家など、何をされるかわかったものではない。
俺はとりあえず、歩きながらどうするか考えることにした。
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