第10話 偶然の出会い



 コンビニなどとは違い、食品を専門として扱う店への搬入は大体開店前や閉店後に行うことが多い。

 しかし、クリスマスなどの書き入れ時はそうも言ってられないことが多く、営業中に材料などの搬入を行うこともある。

 今回の搬入先はケーキ屋なのでまさにそのパターンなのだが、幸い裏口があるタイプの店舗だったため客のことを気にする必要はなかった。



「これで最後ですね」


「ありがとうございます~。本当、毎年助かってます~」


「いえいえ、私も家族も毎年ここのケーキを楽しみにしてますので、ご依頼いただけてむしろ助かっていますよ」



 このケーキ屋は美味しいことで評判なのだが、如何せん店が狭いためあまり材料や商品をストックしておくことができないという弱点がある。

 そのため、普段は売り切れ次第店を閉めるというスタイルで経営しているのだが、クリスマスなどの時期はそうも言っておられず、途中で材料を補充しながらケーキを焼いているのだそうだ。



「あらあら~、ということは今年も買っていってくれるのかしら?」


「ええ。それでお手数ですが、またコチラで支払わせていただけますかね?」



 おやっさんは毎年この店でケーキを買っているが、狭い店内にむさ苦しい作業着の男が入るのは悪いだろうという理由で、いつも裏口で会計を済ませるようにしている。

 その方がむしろ迷惑なのではと思ったが、おやっさんの話では元々店主がタダでプレゼントしてこようとしてきたところ、こんな素晴らしいケーキをタダで貰うことはできないと断ったことから、この裏口での怪しい取引が始まったのだそうだ。


 ただ、そういった経緯や事情があることはわかるのだが、それとは別に問題点がある。

 何が問題かというと、おやっさんは優しい口調からは考えられないくらい厳つい見た目をしているので、はたから見ると怪しい取引をしているようにしか見えないのだ。

 おまけに俺のガタイもそれなりにいいので、若い構成員のように見えなくもないだろう。


 あまり人目につかない場所とはいえ、もし誰かに見られればSNSなどに拡散され炎上する可能性もある。

 昔は問題なかったかもしれないが、今はネット社会であるため怪しい行動は極力避けた方が無難だろう。



「それなんですけど、今年からは売り子を雇って店頭販売を始めたんですよ~。鏑木さん、お店に入るのを気にしていられたので、宜しければそちらでと思いまして~」


「ほぅ、売り子を雇われたのですか」


「はい~、とっても可愛らしい子なんで、私から買うより絶対お得ですよ~」


「いえいえ、奥様もとても美しいので、私としては今でも十分得をしていますよ」


「まあまあ、鏑木さんったら~」



 おやっさんも俺と同じで嘘がつけないタイプなので、恐らく世辞抜きの本音なのだろうが、妻帯者としては問題発言な気がする。

 流石に不倫などには発展はしないだろうが、聞いてて少し冷や冷やする。



「しかし、こうして毎回特別扱いしてもらうのも悪いですし、今年からは店頭で購入することにしましょうか」


「そうしてください~。もし私に会いたければ、別途連絡くだされば~」


「そうさせていただきます」



 おいおい、今のは社交辞令だよな? というか、そうだと言ってくれ。

 頼むから、沙保里さおりさんや沙耶香さんを悲しませるようなことだけはしてくれるなよ……





 ◇





 店の裏手からぐるりと回り表通りに出ると、きらびやかなイルミネーションが目に入る。

 駅からそれなりに近いこともあってか装飾をしている建物が目立ち、それなりに人で賑わっている様子だ。


 ケーキ屋『Dolce』の前には、列こそできていないがちょっとした人だかりができている。

 パッと見た感じ女性客が多いようだが、遠巻きには客かわからない男達も何人か様子を伺っているように見える。

 恐らくは店主の言ってた「可愛い売り子」目当てなのだろうが、無断で撮影するのは法律的にもアウトではないだろうか。

 注意したい気持ちがこみ上げてくるが、流石に業務中に問題を起こすのはマズイので自制する。



「ほほぅ、確かに綺麗な子のようだねぇ」


「……」



 確かに、遠目に見ても抜群にスタイルが良いことはわかる。

 しかもアレは、いわゆるサンタコスというヤツか?

 この寒い中、かなりのミニスカートで生足が露出している。

 いやらしさを感じるレベルではないが、男たちが撮影する心理も少しは理解できるかもしれない。

 無論、理解できたとしてもしないのだが。


 近付くにつれ、売り子の顔も徐々に明らかになってくる。

 それは間違いなく美人で――、普段から見慣れたものであった。



「いらっしゃいま……、ええぇっ!? 鏑木先輩!?」


「……柏木、こんなところで何をやっているんだ」


「何って……、売り子ですけど」



 それはそうなのだが、俺も少し動揺していて「何故こんな場所に?」「今日は男と遊ぶのではなかったのか?」「なんでサンタコスで売り子なんかしてる?」といった様々な疑問がごっちゃになり、とりあえず「何をやっている」という曖昧な問いかけになってしまった。



「鏑木先輩こそ、こんな所で何やってるんですか? ここ、先輩の家からは大分離れていますけど……。ひょっとして、私を尾行して!?」


「するか。というか、できるワケないだろ。ただの仕事だ」



 今日は大学も休みだったので、恐らく柏木は家からここにバイトに来たのだと思うが、俺はそもそも柏木の家を知らないので尾行のしようがない。いや、できたとしてもしないが。



「仕事って、配達の……? あ、もしかして今日材料を配達してくれる業者さんって――」


「ああ、俺のバイト先だ」



 こんなことあり得るのか? と思ったが運送業は不特定多数の客に荷物を配達する関係もあって、可能性自体は0ではない。

 しかし、そうだとしても信じ難い確率だ。



「おや、一誠君はこの売り子さんと知り合いなのかい? いや、もしかして……、彼女だったりするのかな!?」


「いえ、違いま――」


「はい! 彼女です!」



 俺が否定するのを遮るように、柏木が大きな声で宣言する。

 その良く通る高い声のせいで、たちまち周囲がざわめき始める。

 女達はキャーキャー騒ぎ、男達は騒ぎこそしないものの明らかに敵意をむき出しにしている。

 中々面倒なことになった……



「一誠君、やっぱり彼女がいたんじゃないか。私は、君に彼女がいないなんて絶対おかしいと思っていたんだよ」



 それは俺がモテそうという意味なのか、それとも手が早いと思われていたのか……

 ともかく、まずは否定しておくべきだろう。



「いえ、誤解です。コイツが勝手に言ってるだけで、そんな事実はありません」


「でも、彼女の方は一誠君に気があるみたいだよ?」



 おやっさんがそう言ってチラリと視線を向けると、柏木は笑顔で「ハイ♪」と斜めに首を振る。

 それでおやっさんの魂胆が読めた。

 恐らくおやっさんとしては事実などどうでも良くて、俺とそれなりにイイ関係の女子がいるという風にまとめたいのだろう。

 それを沙耶香さんに伝えれば、沙耶香さんが俺の通う大学に入学するのを諦めるかもしれないからだ。


 正直仲が良いということすら否定したい気持ちでいっぱいだが、それは流石に嘘になってしまうだろう。

 これが明らかに嘘であれば俺も強く否定するのだが、少なくとも柏木に好意があることは認識しているため、嘘を言うなとも言えなかった。



「……おやっさん、他にお客さんもいるんだし、これくらいにしておきましょう」



 仕方ないので俺は否定するのではなく、話をさっさと切り上げる方向に舵を取ることにした。



「おっと、それもそうだね。お嬢さん、クリスマスデコレーションケーキを1ホールお願いできるかな?」


「あ、はい! かしこまりました!」



 状況が状況だったため、二人は特に否定の意思を見せず本来の客と売り子に戻ってくれた。

 内心ホッとするが、それもつかの間、前かがみになった柏木の胸の谷間が目に映りこみ思わず目を見開く。

 もしかして、盗撮している奴等の真の狙いはコレか?


 俺は今更遅いかもしれないが、男達の視界から柏木が隠れるように立ち位置を変える。



「? どうしたんですか? 鏑木先輩」


「……気づいているかもしれないが、柏木のことを撮影している奴等がいる」


「……っ! ああ、それは最初から許可してるんで大丈夫ですよ」


「本当に、大丈夫なのか?」


「別に、減るもんでもありませんしね。むしろ宣伝になって効果絶大なんですよ!」



 柏木がいいなら、まあいいのかもしれないが……

 昨今はSNSに公開されて色々とトラブルが起きているので、正直心配である。



「はいお代。ところで、撮影OKなら私も一枚撮らせて欲しいのだけど、お願いしてもいいかい?」


「はい、大丈夫ですよ♪」


「それじゃあ、ちょっとコッチに来て、二人で並んで」


「…………っ! いや、おやっさん、それは――」



 一瞬、何を言ってるんだこの人は……と固まってしまったのが仇となる。

 何の迷いもなく動き出した柏木は小走りで隣に回り込み、俺の腕に腕を絡ませてロックしていた。



「ハイ、チーズ」



 強引に振りほどくこともできず、俺はなす術もなく写真を撮られてしまう。

 不覚だ……



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